公開日:2024年4月10日

鳥取県立美術館がついに完成。2025年春のオープンを前に、槇総合計画事務所が設計した“憩いの美術館”の内部を紹介

鳥取県の中央に位置する倉吉市に2025年3月30日開館。木の温もりが感じられる居心地の良い「ひろま」を中心に、様々な体験に出会える空間が広がる

美術館外観。曇りや積雪の多い地域ならではの建築の工夫が随所に見られる

2025年3月30日、鳥取県の中央に位置する倉吉市に「鳥取県立美術館」がオープンする。日本最少の人口の県であり、これまで県立の美術館が存在しなかった鳥取で、美術館が目指すあり方はどのようなものなのか、4月8日の竣工式で一足先に披露された美術館建築から読み解いていきたい。

アンディ・ウォーホル《ブリロ・ボックス》をはじめとした、コレクションと美術館構想についての記事はこちら

人々が憩える美術館

鳥取市や米子から特急列車で30分ほどの距離にある倉吉市で、元々市営ラグビー場であった敷地、大御堂廃寺跡地の広々とした空間に面した立地を生かすかたちで美術館が誕生。4月8日に竣工式とプレス向け内覧会が行われた。

美術館の中と外が緩やかにつながる「憩いの美術館」。完成したばかりの鳥取県立美術館を巡ったとき、そんな印象を受けた。この美術館は、文化功労者でもある世界的な建築家・槇文彦率いる槇総合計画事務所が意匠設計を担い、構造・設備設計を竹中工務店が担当している。

美術館外観。美術館の前に新たなバス停留所も設置予定でアクセスも良好に。正面のガラス(カーテンウォール)越しに作品を見ることができるようになる

完全なホワイトキューブ、山々を望むテラス

美術館の外から中へ、順番に見ていこう。

美術館を外から見たときのトレードマークになりそうなのは、カーテンウォール越しに見えるエントランスの作品。ゆったりとした天井高を持つ空間から吊り下げられる大型作品は目下選考中だそうで、どのような作品が展示されるか期待が高まる。

左のモニターでは県内のミュージアム、他館のコレクションに直感的にアクセスできるコンテンツを準備中

オープニング展は若冲、ウォーホル、リヒターら日本と世界の名作約200点が集まる「アート・オブ・ザ・リアル 時代を超える美術」。そのメインルームのひとつとなるのが、約1000㎡もの空間を有する3階の企画展示室だ。同空間の大きな特徴は、壁面や室内に柱がない無柱の大空間(約26.5mx37m)を実現していること。完全なホワイトキューブが自由なキュレーションを可能にし、最大48枚の稼働間仕切りが展示ごとに異なる空間を創出する。

企画展示室

展示を見終わったら、その後は3階にある展望テラスで一休み。最奥の空間であっても太陽の光と喜びにあふれる場所となるよう、大屋根に特徴的な膜屋根が計画されている。雪や雨に左右されず使用できる気持ちの良い屋外空間。レクチャー、パフォーマンス、展示にも使うことが想定されている。

3階展望テラス。天井の木ルーバーは鳥取砂丘の風紋や伝統工芸である倉吉絣の織模様を思わせる意匠になっている
3階展望テラスより

3階展望テラスから2階テラスまで、美術館外にある階段を使って降りられることはこれまでの美術館には意外となかった新鮮な体験だった。一度美術館に足を踏み入れたら最後、温湿度が徹底管理された密閉的な空間……というイメージとはまったく異なる、山陰の緑深い自然を遠くに望みながら土の香り、景色の変化も楽しむことができる、なんとも開放的なひととき。「一般的に美術館は外乱(光や熱)を抑制するために、開口部を小さくする傾向にありますが、この美術館は館内を巡るシークエンスの中に、まちの風景を感じる場面が随所に計画されている」と設計・監理を担当した槇総合計画事務所松田氏も太鼓判を押す。

3階展望テラスから2階テラスへ。地面には芝生が敷き詰められる予定
美術館の外に山々が見える

自由度の高さと開放感が織りなす魅力

2階テラスからは、美術館の完成図でも存在感を放つ芝生を見渡せる(現在は空地)。グラウンド・ゴルフ発祥の地でもある鳥取。この芝生では市民が思い思いにスポーツを楽しむ用途も想定されているため、美術館のテラスからスポーツ観戦するというなかなかないシチュエーションを見かけることになりそうだ。反対に、テラスでパフォーマンス企画が行われる際には芝生が客席になるという塩梅。その自由度の高さが美術館の開放感と相まって唯一無二の魅力を作り出している。

コレクションギャラリー1・2
彫刻、立体作品に特化したコレクションギャラリー3。天井から自然光を取り入れることも可能
蓋を閉じるとフロアコンセントが隠れる仕組み

2階には5つの常設展示室が共存。それぞれ、写真や版画、絵画、彫刻などを展示するのに特化した空間として設計され、人々が鑑賞に集中できるようフロアコンセントを隠すなどの細かな配慮も見られる。

白を基調とした空間で、出入口の黒いパーツが目立つ。デザイン的な観点と弱視、色覚障害者への配慮が兼ねられている

ふたたび1階へ。1階にはエントランス作品と同じく、同館を特徴づける空間がある。それが、15mの天井高を持つ「ひろま」だ。「映写会、立食パーティー、さらにはファッションショーもできるような場所になってほしい」と松田が言うその場所は、人々が自由に憩える場所でもある。そばには日当たりの良いキッズスペースやカフェ、授乳室などもあり、家族連れでも臆することなく美術館を訪れることができそうだ。鳥取県にいま、どんな美術館が必要か。設計者の想いのつまったリラックスしたインクルーシブな空間がそこには広がっていた。

「ひろま」 の空間。奥にはキッズスペースが広がっている
キッズスペースのカラースキームは鳥取にちなんだ色。海の青、山の緑、曇り空や雪の白、砂丘の黄色、ラッキョウの花の紫など、「ゆかしい色を用いました」と松田浩幸談
授乳室や子供用トイレも完備

鳥取から瀬戸内まで、アートトリップの新ルート

尾﨑信一郎館長は、「鳥取にはこれまで美術館がなかったため、美術館というもの自体を体験していない方が多い。美術を通して学び、体験を通して知識を得てほしい」と話す。開館後は、県内の全小学4年生を招く教育プログラムも予定しているというが、初めての美術館が鳥取県立美術館であることは、子供たちにとってもラッキーな体験ではないだろうか。

今回鳥取に美術館ができたことで、磯崎新が設計したことで知られる岡山の奈義町現代美術館、3年に1度行われる瀬戸内国際芸術祭など、山陰〜瀬戸内を貫く縦方向のアートトリップも可能もになった。2025年以降、中国地方におけるアートの生態系が少しずつ変化していく兆しを感じた。

「V」の部分だけで支えられた、こだわりのつまった階段
ショップ。鳥取県にちなんだ焼き物なども販売予定

野路千晶(編集部)

野路千晶(編集部)

のじ・ちあき Tokyo Art Beatエグゼクティブ・エディター。広島県生まれ。NTTインターコミュニケーション・センター[ICC]、ウェブ版「美術手帖」編集部を経て、2019年末より現職。編集、執筆、アートコーディネーターなど。