公開日:2023年2月8日

鳥取県立美術館がウォーホル《ブリロ・ボックス》を3億円で買う理由。2025年に誕生する全国でほぼ最後の県立美術館が示す構想とは

2025年春に開館予定の鳥取県立美術館。メディア懇談会が開催され、賛否両論が巻き起こったウォーホル《ブリロ・ボックス》の購入をはじめとする収集の方針や、美術館の構想が説明された

左:鳥取県立美術館 完成予想図 提供:槇総合計画事務所 イメージ制作:ヴィック Vicc Ltd. 右:アーサー・C・ダントー『ブリロ・ボックスを超えて』(1992)

鳥取県の中央に位置する倉吉市に、2025年春に開館予定の鳥取県立美術館。その目玉となる収蔵品として、アンディ・ウォーホルの《ブリロ・ボックス》5点を購入したのが2022年9月。しかしこの購入に対し県民から疑問や賛否両論があがり、10〜11月には全国的に新聞等で報道されたことは記憶に新しい。

なぜ鳥取県立美術館は《ブリロ・ボックス》を購入したのか? 収集方針や、美術館のビジョンとはどのようなものなのか?

2月8日、東京で鳥取県立美術館メディア懇談会が開かれ、関係者による事業説明が行われた。

メディア懇談会の様子

アンディ・ウォーホル《ブリロ・ボックス》とは

《ブリロ・ボックス》は、ポップ・アートを代表するアメリカのアーティスト、アンディ・ウォーホル(1928-1987)が1964年に発表した作品。アメリカのたわし「ブリロ」の包装箱を精密に模倣したもので、一見段ボールのようだが、木材にスクリーン印刷とインクを用いて作られている。

日常的な大量生産品をわざわざ模倣し、ギャラリーという美術のための空間に展示する。それまでのアートの常識を打ち破った本作は、当時の消費社会を批評的に表現するとともに、「芸術とは何か」という本質的な問いを投げかけるものとして、現代美術史において高く評価されてきた。

アンディ・ウォーホル《ブリロ・ボックス》 提供:鳥取県立博物館

鳥取県はこの《ブリロ・ボックス》5点を計2億9145万円で購入。このうち1点(6831万円)は1968年に制作された希少なもので、残る4点(各5578万円)はウォーホル死後の1990年に、許可を得ていた美術関係者が作ったもの。

なお県は同年7月、ウォーホルの別の代表作である「キャンベル・スープ缶」をもとにした立体作品も4553万円で購入している。

県はこれまでメディアの取材に対し、《ブリロ・ボックス》を収集した理由として、都市部の美術館にないポップアートの名品を展示することで鳥取の存在感をアピールでき、集客にもつながることや、新たな視点で物事を考える想像力を育む教育効果などをあげてきた。

完成予想図 提供:槇総合計画事務所 イメージ制作:ヴィック Vicc Ltd.

スタバはできたが、まだ県立美術館はない鳥取

そもそも鳥取県立美術館は、どのような構想のもと作られる予定なのだろうか。

鳥取県の人口は約55万人で、全国の都道府県でもっとも少ない。メディア懇談会に登壇した鳥取県教育委員会 美術館整備局長の梅田雅彦は、「砂場はあるがスタバはないと言われてきた。でも、いまではスタバもセブンもできている。しかしまだ県立美術館はない県」だと笑いを誘いながら、鳥取県立美術館は全国でほぼ最後の「県立美術館」になると説明。その目指すところは「未来を“つくる”美術館」であり、「県民と一緒に作る“県民立美術館”」だという。

注目は、その事業手法だ。
県内企業を含む10社で構成する鳥取県立美術館パートナーズ株式会社(特別目的会社:SPC)と、県が一体となって、設計・建設・運営維持管理・開館準備を進める。

事業手法はPFI(BTO方式)公立美術館の新設を含む運営のPFI事業は、全国初の取り組みとなる。事業期間は20年(整備5年、運営15年)。総事業費は約142億円(税込)。

PFIとはPrivate Finance Initiativeの略で、「公共施設等の建設、維持管理、運営等を民間の資金、経営能力及び技術的能力を活用して行う手法」のこと。またBTO方式とは、Build Transfer Operateの略。⺠間事業者が公共施設を建設し、施設完成直後に公共に所有権を移転し、⺠間事業者が維持管理・運営を⾏う⼿法だ。

事業の分担は以下のように行われる。

SPC
設計・建設業務、維持管理業務、学芸補助(ポップカルチャー企画展等)、施設運営(案内、広報・集客、カフェレストラン、ミュージアムショップ)

鳥取県
学芸部門(美術品の収集、保存、調査・研究、展示、教育普及業務)、管理部門(総務・施設管理等)

完成予想図 提供:槇総合計画事務所 イメージ制作:ヴィック Vicc Ltd.

鳥取県立美術館の建築

設計は槇総合計画事務所・竹中工務店設計共同企業体

倉吉市内となる立地は、空港のある鳥取市や米子から特急列車で30分ほどの場所。市立図書館や複合文化施敷設・倉吉未来中心などが集まる倉吉パークスクエアの一角で、隣接する大御堂廃寺跡地の広々とした空間を臨む。

「ひろま」 提供:槇総合計画事務所 イメージ制作:ヴィック Vicc Ltd.

3階建ての建築は、「ひろま」と呼ばれる吹き抜けの空間が特徴的。1階はこの「ひろま」を中心にカフェレストランショップキッズスペースなどを配置。無料で回遊できるエリアが広がり、来館者が気楽に訪れられる施設を目指す。さらに県民の創作活動の発表の場となる県民ギャラリー、屋外でのダイナミックな創作活動ができる創作テラスも備える。

2階~3階は常設展示室・企画展示室。大御堂廃寺跡を一望できる展望テラスもある。

企画展示室 提供:槇総合計画事務所 イメージ制作:ヴィック Vicc Ltd.
展望テラス 提供:槇総合計画事務所 イメージ制作:ヴィック Vicc Ltd.

拡充されるコレクション

県立美術館は、1972年に開館した総合博物館である鳥取県立博物館(鳥取県鳥取市)の美術部門のコレクションと活動を引き継ぎつつ、その機能を拡充する施設となる。この美術部門のコレクションは、約1万点。内容は「とっとりデジタルコレクション」で検索することができる。

メディア懇談会の様子

収蔵スペースや常設展示室の拡充、ワークショップルームの新設、さらに「アートを通じた学び」を支援するアート・ラーニング・ラボ(A.L.L.)等の教育普及部門の充実によって、だれもが芸術文化に触れることができる環境整備を目指す。

メディア懇談会に登壇した尾﨑信一郎(鳥取県教育委員会美術館整備局美術振興監)は、収集方針の拡大理由を以下のとおり説明した。

1、新しい方針によって収集された作品と比較することを通して、鳥取県の美術を相対化し、あらためてその充実を確認する。

2、今までの収取方針によっては収集できなかった「目玉」となるような作品を収集することを可能とする。

3、「未来をつくる美術館」として、若手作家やこれまで収集の対象と考えられなかった作家についても積極的に収集することで、評価の定まった作品の収集だけでなく、美術館が作家を評価していくことにつなげていく。

新収集方針における収集基準としては、従来から掲げている「①鳥取県の美術〈従来〉」に加え、次の2つの新方針を掲げる。

②国内外の優れた美術
・江戸時代の多様性を示す優れた作品
・近代(明治〜戦前)における各分野の参照点となる優れた作品
・戦後の美術・文化の流れを示す優れた作品
 (例)前衛精神を示す作品/もの派とそれ以後の立体表現/ニューぺインティング以後の絵画/ポストモダンの多様な表現/日本の工芸・デザイン/ポップカルチャーの起点となった作品/サウンド、パフォーマンス/言葉を素材とした多様な表現
・館の内外に半恒久的に設置する作品(既存作家への委託制作作品)

③同時代の美術の動向を示す作品
・過去20年間でめざましい活動を行なった作家
・企画展及びスタジオ・プログラムに参加した作家の作品
・国内外の公立美術館での発表または重要な展覧会に参加した作家の作品

気になるのは「3、「未来をつくる美術館」」で示された「若手作家」作品の収集だ。同時代のアートを収集し、アーティストと市民がともに育っていくような未来志向の美術館として、どのような基準で行われるのか。Tokyo Art Beatの取材に対し、尾﨑は「美術館で若手作家の展覧会を開催し、そこで出品してもらった作品を収集していくというのはひとつの方法」だと語った。

メディア懇談会にて、尾﨑信一郎

《ブリロ・ボックス》を収集する意義

物議を醸した《ブリロ・ボックス》だが、上記の収集方針に照らし合わせると、まず「2、今までの収取方針によっては収集できなかった「目玉」となるような作品を収集することを可能とする」に則したものだと考えられる。

また新方針「②国内外の優れた美術」のうち、「前衛精神を示す作品」として本作は位置付けられるという。「ポップ・アート」という概念やウォーホルというアーティストの存在、日用品や広告と芸術の関係、箱という形態など、本作について様々な視点から考えることで、鑑賞者の学びとなることを美術館は期待しているようだ。

尾﨑は《ブリロ・ボックス》を収集する意義について、次のようにまとめている。

・美術における価値観の世界的な変化を、鳥取県民に肌で感じてもらう。
・これまでの美術の常識にはない発想によって、新しい表現と、その後のアートの未来を切り開いた本作が発信するメッセージは、厳しい現代社会を生き抜かねばならない鳥取県の子供たちが、従来の常識にとらわれずに発想を転換し、強くしなやかな思考を身につけるうえで大きく寄与する、高い教育的意義をもつ。
・産業デザインやものづくりの視点での展示展開や、高校等でのデザインや文化史の授業などでの教育的利用も可能。

キュレーターズ・キャラバンレクチャー チラシ 出典:https://tottori-moa.jp/news/3240/

本作と収集方針に関する文脈に関する説明不足が、県民の疑問や批判を招いたとして、県は引き続き説明を行っていく予定だという。

「キュレーターズ・キャラバンレクチャー「もっと知りたい!アンディ・ウォーホルの《ブリロ・ボックス》とその周辺」というイベントでは尾﨑が講師を務め、本作が美術史の中でどのような重要性を秘めているのかを専門家の立場から解説する。次回は2月23日に鳥取県立博物館で開催予定だ。

2025年開催の5つの展覧会 

開館する2025年には、以下の5つの展覧会を予定しているという。詳細は2023年夏頃公表見込みだ。

・国内外の名品によるテーマ展
・300年にわたる日本の近世美術の豊かな成果
・「コネクション」をテーマにした本格的な現代美術展
・鳥取が生んだ、まんがの巨匠 
・県立美術館コレクション展(毎年)*県立博物館での企画展

ポップカルチャー企画

「まんが」の巨匠の展覧会は、鳥取県の学芸部門ではなくSPCが年に1回企画を行う「ポップカルチャー企画展」となる。

倉吉市は2014年にフィギュアのトップメーカーである株式会社グッドスマイルカンパニーの工場を誘致、倉吉市が舞台のモデルとされているキャラクター音楽配信企画「ひなビタ♪」との提携など、「ポップカルチャー」をまちづくり施策として活用してきた。

また鳥取県は『ゲゲゲの鬼太郎』の水木しげる、『名探偵コナン』の青山剛昌、『孤独のグルメ』の谷口ジローなど著名なマンガ家の出身地であることから、「まんが王国とっとり」を掲げている。

こうした特徴を打ち出した企画を、県立美術館でも展開していく予定だ。

鳥取空港の愛称は「鳥取砂丘コナン空港」 出典:https://www.pref.tottori.lg.jp/241895.htm

新しい公立美術館に求められるものとは

コロナ禍によって海外などから人気作家や人気作品を呼び込む「ブロックバスター展」が難しくなり、さらにロシアのウクライナ侵攻によるエネルギー危機が、全国の美術館・博物館の経営を圧迫している現在。美術館をめぐる行政の新しいあり方とは、どのようなものが求められるのだろうか。またポストコロナにおいて、多様な人々が集う場所の理想の姿とは。地方都市において、広く市民に芸術の価値を共有するにはどのような取り組みが必要なのか。この「ほぼ最後の県立美術館」は、現在を反映した様々な問いの焦点となるだろう。

まずはイベントや説明会などを通して、県民と美術館双方の意見が丁寧に交わされることで、開館までにより地域に歓迎される新しい公立美術館となることに期待したい。

福島夏子(編集部)

福島夏子(編集部)

「Tokyo Art Beat」編集長。『ROCKIN'ON JAPAN』や『美術手帖』編集部を経て、2021年10月より「Tokyo Art Beat」編集部で勤務。2024年5月より現職。