公開日:2024年8月24日

美術家の飯山由貴らが「行政による人権侵害を考える会・関東」を発足。朝鮮人労働者追悼碑撤去問題、《In-Mates》上映不許可問題などを問う

8月22日「行政による人権侵害を考える会・関東」発足記者会見が行われた。 登壇者は、美術家の飯山由貴、埼玉県朝鮮学校理事の金範重、社会福祉学を専門とする明治学院大学准教授の宮﨑理。

「行政による人権侵害を考える会・関東」の記者会見の様子

様々な事例に関係するメンバーが集い、模索しながら行動し、呼びかける

厚生労働省記者会見場において、8月22日「行政による人権侵害を考える会・関東」の発足記者会見が行われた。 登壇者は、会のメンバーである、美術家の飯山由貴(いいやまゆき)、埼玉朝鮮学園理事の金範重(きむぽんじゅん)、社会福祉学を専門とする明治学院大学准教授の宮﨑理(みやざきおさむ)。

「行政による人権侵害を考える会・関東」の記者会見の様子

「行政による人権侵害を考える会・関東」は、群馬県による「群馬の森」朝鮮人労働者追悼碑撤去問題東京都総務局人権部による《In-Mates》上映不許可問題埼玉県人権・男女共同参画課による朝鮮学校差別問題 神奈川県相模原市の人権尊重のまちづくり条例の制定過程における問題を契機として発足された。

全体の奉仕者として市民に公正平等に向き合うべき行政機関によって、人権を侵害する言動がなされる事例が関東で頻発している。この状況に危機感を抱いた、金、宮﨑、飯山をはじめ、「群馬の森」朝鮮人労働者追悼碑撤去問題の取材を続けてきたフリーライターの朴順梨(ぱくすに)、大学院生の渡邉元貴(わたなべもとき)などが集った。

「行政による人権侵害を考える会・関東」は、フィールドワークやアクティヴィティを中心とした学習会を事例ごとに開催していく。会見は、会の発足の経緯とともに、メンバーがそれぞれの思いを発信する場となった。

群馬県による群馬の森・朝鮮人追悼碑撤去跡をたずねる

2024年1月29日に「群馬の森」に設置されていた朝鮮人労働者追悼碑が、県によって破壊撤去された。この追悼碑は、戦時中に労務動員された朝鮮人を追悼するために、市民団体による請願によって県議会が採択し、2004年に設立されたもの。経過については、以下のニュースでも取り上げている。

「行政による人権侵害を考える会・関東」は、2024年6月2日「行政による人権侵害をめぐる 第1回群馬県による群馬の森・朝鮮人追悼碑撤去跡をたずねる」を開催。フィールドワークを行い、群馬県で亡くなった朝鮮人や強制労働されていた方を追悼し、参加者が詩を朗読し、花を手向け、植物の種を蒔いた。開催の様子を映した映像は、後日映像作品として公開予定である。

「行政による人権侵害を考える会・関東」の記者会見の様子より 宮﨑理(明治学院大学准教授)

1回目の様子を振り返りながら、宮﨑は会設立についての思いを語った。

私たち一人ひとりは、異なる存在であり、大切にするべき豊かな言葉を持っています。「行政による人権侵害をめぐる 第1回群馬県による群馬の森・朝鮮人追悼碑撤去跡をたずねる」で行ったことや、これから学習会などで行うことは、そのすべてが誰かの表現であり、他者と接続される可能性を持っています。

『人権』が、この社会に生きる全ての人の命と暮らし、文化と歴史が尊重されるための共通の感覚となることを信じて、問題の過去を知ること、異なる人と人が出会うこと、参加者が考えていくための種としての機会を作ります。(宮﨑)

「上からのレイシズム」に抗うため、草の根の活動とともに、行政に対して働きかけていく

2022年に東京都⼈権プラザで開催された、飯⼭由貴の企画展「あなたの本当の家を探しにいく」で、映像作品《In-Mates》(2021)の上映が、東京都総務局⼈権部により上映が禁⽌される事件が起きた。飯⼭は、東京都に対して活動を続けてきた。

憲法には「検閲は、これをしてはならない。」と記載されています。2年が経ちますが、この言葉の重さを様々な場面で感じます。《In-Mates》の検閲は、上を見て物事を判断する組織体制のなかで起きた事件であると同時に、小池都知事が関東大震災の朝鮮人虐殺の追悼式典に追悼文を送らないことがその要因であると考えています。

「上からのレイシズム」という言葉があります。マイノリティに対して「その差別はない」という上からの否認がある限り、市民が下から感覚を変革しても、別の差別的感情が「本音」という建前で語られ続けてしまう。草の根の活動を行うとともに、行政に対しても働きかけを行っていきたいと思います。(飯山)

「行政による人権侵害を考える会・関東」の記者会見の様子より 飯山由貴(美術家)

「運営交付金の交付は、人権の問題ではない」と言われてしまうことの怖さ

「行政による人権侵害を考える会・関東」の記者会見の様子より 金範重(埼玉県朝鮮学校理事)

京都生まれの在日朝鮮人三世であり、埼玉朝鮮学園理事である金は、埼玉県人権・男女共同参画課による朝鮮学校差別問題について言及した。

2010年に県の補助金が停止された。補助金再開についての交渉の際、埼玉県人権・男女共同参画課の課長から「運営交付金の交付は、人権の問題ではない」という発言があり、その後も補助金不交付は学事課が所管する私立学校運営補助金の制度運用上の判断であるとして、交渉を拒否し続けているという。

人権侵害をされている外国人として、人権を統括する部署にお願いに行った時に『あなた方の問題は人権の問題じゃない』と言われてしまうことの怖さを感じました。危機感を覚えて、仲間たちと会の結成に至りました(金)

また、同じくメンバーである朴順梨、渡邉元貴からメッセージが寄せられ、神奈川県相模原市の人権尊重のまちづくり条例の制定過程における問題や、小池都知事が関東大震災の朝鮮人虐殺の追悼式典に追悼文送付を見合わせている理由のなかにある「すべて」という言葉が覆い隠してしまうものについて言及した。

「いなかったことにする暴力」に抗うために、言葉だけでない言葉を大切にする

「行政による人権侵害を考える会・関東」の記者会見の様子

ジェンダーやセクシャリティ、人種やエスニシティなど、社会的な差異や違いによって生じる排除や抑圧の問題について研究を重ねてきた宮﨑は、本来ならば人権を尊重する立場にあるはずの行政が行った人権侵害は「人々の間に線を引くものだ」と問題提起をする。

補助金の停止や無償化の除外は、表面的には金銭的な問題かもしれません。 しかし、朝鮮学校に通う子供たちは排除しても良い、様々な権利の枠組みの外に置かれても良いという雰囲気が作られ、その後攻撃やヘイトスピーチも頻発しました。

そのような状況であるにも関わらず『人権の問題ではない』という言葉が発された時、人々の間に線が引かれました。 権利の対象になる人/ならない人を分け、差別はあった/なかったという線を行政が引くことによって、私たちと外部に置かれる人を作り出す線が引かれます。(宮﨑)

ある人々を人間としての承認可能性から外すことで、一方の生を価値のある生として承認し、他方の生を価値のないものとする「いなかったことにする暴力」が生まれる。宮崎によると、「記者会見で語られた様々な事例は、それぞれ別の出来事であるが、地続きである」という。

「行政による人権侵害を考える会・関東」は、そうした「いなかったことにする暴力」に抗うために、歌うこと、詩をしたためること、花を持ち寄ること、種を蒔くことなど、他者と接続される可能性を持った表現を大切にしながら、模索し、行動を起こしていく。

悪いことが沢山起きている。けれど、会が生まれたことにはひとつの希望がある

「行政による人権侵害を考える会・関東」の記者会見の様子

印象に残っているのは、飯山が語った希望という一言だ。《In-Mates》上映不許可問題において、2022年の10月28日に飯山は同じ場所である厚生労働省の会見場において記者会見を行った。1年半が経過し、同じ部屋で会発足の話ができることを「少しの希望だ」と感じるという。

どんどん悪いことが起きている状況です。けれど、流されるだけではなく、関係者でネットワークを作り、少しでも押し戻していく。これ以上悪くなることをとどめる、悪いことに対しておかしいと言える声を作る集団であり続けたいと思います。(飯山)

今後の活動については、それぞれの問題について行動を起こしていくとともに、会全体としてフィールドワークやアクティビティを中心とした学習会を行っていく。直近では、神奈川県相模原市の人権尊重のまちづくり条例の制定過程における問題について学ぶ機会を作っていく予定だ。今後SNSアカウントなどを開設し、活動の情報を発信していく。

※この記事での「在日朝鮮人」という語の「朝鮮」は、出自としての朝鮮民族、出身者としての朝鮮半島を表すものであり、特定の国籍や政治的な対場を指し示すものではない。差別的意図をもって使われてきた「朝鮮」という言葉をそうした文脈から解放するという意味においても、「行政による人権侵害を考える会・関東」は「在日朝鮮人」という呼称を大切にしている。

荒田詩乃

荒田詩乃

ライター、インタビュアー。市役所、NPO法人、公共ホール勤務などを経て、インタビュー・執筆を行う。畑を耕して野菜を育てるのがよろこび。