公開日:2022年10月28日

東京都⼈権部が飯山由貴のアート作品を検閲か。小池百合子都知事の関東大震災朝鮮人犠牲者追悼式典への態度も影響した可能性

関東大震災時の朝鮮人等の虐殺事件を扱う現代アート作品への、東京都人権部による検閲事件について記者会見が行われた。東京都人権プラザで開催中の飯山由貴「あなたの本当の家を探しにいく」展に際し発生した問題についてお伝えする。

記者会見の様子。左から⼩⽥原のどか、FUNI、飯⼭由貴、外村⼤

「公権⼒による在⽇コリアンへの差別」:関東大震災時の朝鮮人等の虐殺事件を扱う現代アートをめぐり

10⽉28⽇、厚生労働省記者会見場にて「東京都⼈権部による飯⼭由貴《In-Mates》検閲事件」の記者会見が開かれた。登壇者は、飯⼭由貴(アーティスト)、FUNI(ラッパー/詩⼈) 、外村⼤(東京⼤学教員) 。司会は⼩⽥原のどか(彫刻家・評論家) が務めた。

「関東大震災時の朝鮮人等の虐殺事件を扱う現代アート作品への東京都人権部による検閲事件」と登壇者らが訴える本件。ことの発端は、8⽉30⽇から11⽉30⽇まで、東京都人権啓発センターが指定管理者を務める施設である東京都⼈権プラザの主催事業として開催されている、飯⼭由貴の企画展「あなたの本当の家を探しにいく」本展では附帯事業として、飯⼭の映像作品《In-Mates》(2021)の上映とトークが企画されていたが、東京都総務局⼈権部により本作の上映が禁⽌された。飯山らは、この東京都人権部の判断が「関東⼤震災時の朝鮮⼈等の虐殺事件を扱うことを懸念」した結果であり、「これは⼈権部による差別と検閲にあたるもの」として問題視。本件を世に問うべく記者会見に至った(「」内は記者会見用の資料より引用、以下同)。

東京都人権プラザでの飯山由貴 「あなたの本当の家を探しにいく」展示風景

飯⼭由貴《In-Mates》

《In-Mates》は、26分46秒の映像作品。本作の概要として、小田原のどかによる解説を以下に引用する。

《In-Mates》は、1945年に空襲で焼失した精神病院・王⼦脳病院(東京)の⼊院患者の診療録に基づくドキュメンタリー調の映像作品だ。王⼦脳病院には、1930〜40年まで⼊院し、院内で病没した2⼈の朝鮮⼈患者の記録が残されていた。
本作では、同院の診療録に記録された2⼈の朝鮮⼈患者の実際のやりとりに基づき、ラッパー・詩⼈で在⽇コリアン2.5世であるFUNIが、⾔葉とパフォーマンスによって彼らの葛藤を現代にあらわそうと試みる姿が記録されている。
また作品内では、当時の時代背景へ学びを深めるため、FUNIと飯⼭が精神医学史と歴史学のレクチャーを受ける様⼦も収められている。歴史学については、外村⼤が講師を務めた。
飯⼭はこれまでも、精神医療と⾃らの家族、障害者の権利と在⽇コリアンの歴史に関する作品制作に取り組んできたが、とりわけ本作は、戦前から続く⽇本における障害や⺠族の問題に着⽬した重要な作品である。

飯山由貴 In-Mates オンライン編集版 2021 26分46秒 スチル:金川晋吾

なお本作はオンライン展覧会「距離をめぐる11の物語:日本の現代美術」展のために国際交流基⾦から依頼を受けて制作されたが、2021年に国際交流基⾦から上映不可の判断を下されている。21年3月29日付けの国際交流基⾦から飯山に宛てた書面には、本作が「暴力的な発言や、歴史認識を巡って非生産的な議論を招きかねない場面が含まれるもの」であることが中止の理由だと書かれている。

検閲と中止は「”⼩池百合⼦都知事”でなければ起きなかったこと」

この度の記者会見では、①公権力による美術作品への介入について(飯山)、②ヘイトスピーチ規制について(FUNI)、③東京都の歴史認識について(外村)、それぞれの専門性からの見解が発表された。

飯山は、精神の病を扱ったこれまでの作品を展示する今回の企画展の附帯事業として、戦前期の精神病院に⼊院していた朝鮮⼈患者についての作品《In-Mates》上映とトークイベントの事業計画書を東京都総務局⼈権部に提出(2022年4⽉25⽇付)したところ、その後中止と判断されるに至った経緯を説明。

注目すべきは、東京都人権部より、人権プラザの指定管理者である人権啓発センター普及啓発課宛てに送られた内部メール(2022年5⽉12⽇付)だ。このなかで、上映した場合の配慮の必要性や懸念点があげられていた。

作品では、飯山が在日朝鮮人の歴史を研究する外村⼤にインタビューを行い、そのなかで「⽇本⼈が朝鮮⼈を殺したのは事実」という言葉が語られた。これに対して都の人権部は懸念点の1つ目のとして、「関東大震災での朝鮮人大虐殺について、インタビュー内で「日本人が朝鮮人を殺したのは事実」と言っています。これに対して都ではこの歴史認識について言及をしていません」と書いている。これに加え、関東大震災の朝鮮人追悼式典に都知事が今年も追悼文を送らなかったという内容の朝日新聞の記事を参照したうえで、「都知事がこうした立場をとっているにも関わらず、朝鮮人虐殺を「事実」と発言する動画を使用する事に懸念があります」との認識を示した。

懸念の2点目は、作品内のFUNIによるラップの歌詞について、「見方によっては「ヘイトスピーチ」と捉えかねられません。ご自身が在日朝鮮人ということや、動画全体を視聴すればそうではないということがわかりますが、参加者の受け取り方によっては《本邦外出身者に対する差別を「煽動」する》行為になるのではないかと思います。都でヘイトスピーチ対策をしているなかで、想像の「歌」であったとしても、懸念があります」というもの。

3点目は、「動画全体を視聴した感想ですが、「在日朝鮮人は日本で生きづらい」という面が強調されており、それが歴史観、⺠族の問題、日本の問題などと連想してしまうところがあります。参加者がこういった点について嫌悪感を抱かないような配慮が必要かと思います」というもの。

これを受け、展示の企画を担当する専門員が飯山に連絡し、上映が難しい可能性や、飯山の上映への思いについて確認がなされた。その後、人権部より人権啓発センターに「最終見解」「決定事項」として上映不可とする文書が示され、専門員より飯山へ示すよう連絡があった。本文書内には記述がないものの、12日のメールにあった「関東大震災における在日朝鮮人に関する懸念」が担当者に共有されていることを前提にした文書であったが、上映不可の理由は文書に示したものだけであると通告。専門員から人権部に、検閲にあたる可能性が極めて高いために受け入れられない旨を伝えたが、取り合われなかったという。

8月12日には⼈権啓発センター事務局⻑・専務理事、専門員、飯山による話し合いが行われ、外村、FUNIも同席。⼈権啓発センターから東京都が上映中止とした理由として、「FUNIのラップがヘイトスピーチに当たる懸念」「本作は在⽇コリアンについての作品であり、精神障害、精神医療についての作品ではない」ことなどが飯山に⽰された。しかしここにはメールに記載されていた「関東⼤震災における在⽇朝鮮⼈に関する懸念」はあげられず、その説明もなかったという。

その後、展覧会が開幕した現在に至るまで、飯山と東京都人権部の職員との直接の意見交換はできていないという。「きちんと発信者のわかる形で上映中⽌の理由を書⾯で出して欲しいと要望しましたが、それは未だに叶えられておりません」(飯山)。

飯⼭由貴

飯山はさらに本件について、「東京都による検閲であり差別扇動」であると指摘する。会見では以下の見解を述べた。

「この問題は東京都知事が「⼩池百合⼦都知事」でなければ起きなかったことでしょう。⼩池都知事の⻑年にわたって関東⼤震災の朝鮮⼈虐殺犠牲者の追悼式典に追悼⽂を送らないという態度は、歴史の否定、差別の煽動であると考えます。このような「上からのレイシズム」こそが都の職員たちに差別を内⾯化させるとともに、東京都という⾏政組織に差別を構造化させ、今回のような「都知事は虐殺を認めていないから」という「レイシズム/歴史否定に基づく忖度」を可能にしたのではないでしょうか。5⽉12⽇付けの内部メールはまさにそのことを証明しています」(飯山)。

また現在も差別団体による在日コリアンへのヘイトスピーチが行われていることや、朝鮮学校の⽣徒への嫌がらせと暴行、在⽇コリアンコミュニティのウトロ地区放⽕事件が相次いでいること、インターネットにおける誹謗中傷がそれらを助長しているといったことあげながら、「特定の⺠族への犯罪、暴⼒が「許される」という認識が形成されてしまう⼀因には、差別を放置し続けてきた、さらには煽動してきた政治家たちに⼤きな責任があります。⼩池都知事のこれまでの姿勢は明確に差別の煽動であり、しかも⾏政の内部での差別の煽動につながっていることを⼩池都知事及び東京都は重く受け⽌めていただきたいです」と語った。

そのうえで、本件について以下の対処を東京都に求めるという。

・《In-Mates》の上映と出演者によるトークイベントを改めて実施すること。
・⼩池百合⼦都知事は、これまでの⾃らの⾏動が⾏政職員による偏⾒と差別⾏為の煽動となっていることを⾃覚し、本事件が発⽣するに⾄った経緯をあらためて調査し、公に説明すること。また、関東⼤震災朝鮮⼈犠牲者追悼式典への追悼⽂の送付を再開すること。

左から、飯⼭由貴、FUNI、外村⼤

ラッパーで詩人のFUNIは、川崎で⽣まれ育った在⽇コリアン2.5世としてヘイトスピーチを受けた経験を語ったうえで、《In-Mates》内で自身が行ったパフォーマンスについて説明。本作に挑むにあたり精神病院の記録に関するリサーチ等を行い、結果的に自らも精神を患うことになったことが、本作で「朝鮮⼈は皆殺しだ」という言葉を発する表現につながったと言う。しかし「この私のパフォーマンスの意図はヘイトスピーチを擁護するものでない」と強調し、それは全編を通してみれば鑑賞者にも理解されることであるとした。また人権部から示された、FUNIの表現が「ヘイトスピーチと捉えかねられない」と言う懸念は、本作を上映中止とするための本質的ではない言い訳に過ぎないのではないかとの考えを示した。

外村は、現在の政治について「歴史と向き合うことができなくなっているのではないか」と警鐘を鳴らす。

「関東⼤震災の後に、まったく何も罪もない朝鮮⼈が迫害を受け、虐殺されたことはよく知られた史実です。これは、東京都の刊⾏する『東京百年史』にも書かれています。「顔つきが鮮⼈らしいとか、ことばが不明瞭だというだけで、半死半⽣の⽬にあわせて警察に突き出したり、あるいは場合によってはその場をさらせず惨殺したりした」との記述があります。中学校で⽤いる、教科書検定を受けた歴史教科書でも朝鮮⼈虐殺のことは書かれています。 しかし、今回、飯⼭さんの作品の上映ができないという判断を、⼈権部と⼈権啓発センターが下したことに関して、どうも、この史実⾃体を語ることが問題になっているように思われます」(外村)。

そして「小池都知事が朝鮮人虐殺についてどのように考えているのか、事実だと認識していないのか、なぜ追悼文を出さないのかはよくわからない。だからこそ話したい」と語った。

今後について:11月2日には《In-Mates》上映会も

飯山らは今後、①Change.orgでの署名活動 ②都知事・東京都⼈権部への要望書提出 ③東京都議会への請願・陳情を⾏うという。 署名は、東京都⼈権部に対し、在⽇コリアンへの差別の正当化を謝罪し、当初の計画通りに《In-Mates》の上映とトークを⾏うことを求める内容だ。またハッシュタグ「#東京都の歴史修正とレイシズムによる検閲反対」を使ってSNSでも周知していくと言う。

また《In-Mates》は、東京藝術大学大学院国際芸術創造研究科が主催する11月2日(水)14:40〜17:15のオンライン上映会+シンポジウムで上映される。第1部《In-Mates》上映+飯山由貴作品紹介、第2部シンポジウム「〈人権〉と展示の政治学:現代アートと精神障害、検閲、レイシズムの現在」の2部構成で、学外からもオンラインで参加可能。申し込み等詳細は、以下のサイトを確認してほしい。
http://ga.geidai.ac.jp/2022/10/23/in_mates/

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続報:11月22日
東京都人権部が上映を認めなかった飯山由貴作品の都議会議員向け上映会が開催。議員らは都議会で本件を問う姿勢を明らかに

福島夏子(編集部)

福島夏子(編集部)

「Tokyo Art Beat」編集長。『ROCKIN'ON JAPAN』や『美術手帖』編集部を経て、2021年10月より「Tokyo Art Beat」編集部で勤務。2024年5月より現職。