第60回ヴェネチア・ビエンナーレ国際美術展が、4月20日〜11月24日に開催される。一般公開に先駆け17日にプレビューが行われた。
今回、ナショナル・パビリオンの日本館の展示作家に選出されたのは毛利悠子。またキュレーターはイ・スッキョン(マンチェスター大学ウィットワース美術館 ディレクター)が務める。日本館のキュレーターを外国人が担当するのは史上初だ。
ヴェネチア、ジャルディーニに位置する日本館は、ル・コルビュジエに師事した吉阪隆正の設計によるユニークな建物。毛利は昨夏からヴェネチアでリサーチし、この建築や周囲の環境と対話を重ねながら、日本館をスタジオにして数ヶ月かけて制作を行った。
日本館にたどり着き、地上階のピロティに足を踏み入れると早速驚きが。日本館の中央には正方形の穴があり、建物2階にあたる展示室から1階の野外ピロティを覗けるようになっているのだが、通常は穴にはめられているガラスが今回は取り外され、穴を通り抜けるようにして作品が上下に伸びている。地上から天井までが吹き抜けとなり、建物の中心が屋外とつながっている。内と外がメビウスの輪のようになり、境界が無効化される。周囲の環境や人間の手でコントロールできない生成変化を作品に呼び込む作家らしい空間の使い方だ。前日16日には大雨が降ったので、雨が吹き込み大変だったそうだが、そんなエピソードを語るときも作家は楽しそうだ。そしてこの穴は雨だけでなく、太陽の光や風、環境音を展示のなかに招き入れる。
展示の中心となるのは、作家の代表的なシリーズである「モレモレ」。とはいえ、ヴェネチアならではの新しい作品になっている。本シリーズの出発点は、東京の駅構内に見られる水漏れに、駅員がバケツやホース、ペットボトルなどの道具で応急処置を施した現場を発見・採集し写真に収めるフィールドワークシリーズ《モレモレ東京》。これを発展させ、インスタレーション作品の中で水漏れを作為的に起こし、水が循環するシステムを持つ作品として制作されたのが《モレモレ》だ。
今回作家は、ヴェネチア近郊の古道具屋や家具屋、蚤の市などで入手したさまざまな日用品を駆使して制作。水が循環する流れがキネティックなスカルプチャーとして現れる。
毛利にとって水は以前から探求してきた素材だが、日本館での展示を考えるにあたって、まず浮かんだのが水の都市ヴェネチアの水害だったという。本展は軽やかでユーモアもあり洗練された空間となっているが、その根本には現代の気候変動問題も関わっている。
作家が現地で調達したのは日用品だけではない。《デコンポジション》には、ヴェネチアの八百屋や農家とコミュニケーションをし、仕入れてきたフルーツが使われている。フルーツに電極を刺して常に推移するその水分量の変化を電気変換し、持続音(ドローン)と明滅する光を生成する本作。腐敗していくフルーツはやがてピロティにあるコンポスト(堆肥容器)に溜められ、ジャルディーニの植生のための肥料へと変化する。水と同様、ここでも循環の有り様が見られる。
イ・スッキョンは、本展タイトルについてステートメントで以下のように語る。
本展タイトル「Compose」の原義は「com・pose=共に・置く(place together)」とされている。「Compose」展は、コロナ禍後の分断、争い、地球規模の課題や危機に直面する世界において、ばらばらになった人々があらためて共に置かれ(placed together)、住まうことの意味を問いかける。人々はどのようにして「危機」において創造性を与えられるのか──それこそが、予期せぬ水漏れに立ち向かう駅員の姿を見た毛利が作品を着想するに至った背景にある。水漏れは完全には修復されることなく、フルーツはやがて朽ちてコンポストとなってゆく。しかし、こうした小さな営みにこそ、私たちの慎ましい創造性がもたらす希望の鱗片があるのだ。
インスタレーションには毛利の手による作品が生み出す音や景色だけでなく、フルーツが熟れていく香り、ジャルディーニに吹く春の風、太陽の美しい光、行き交う人々の声などが混ざり合い、特別な時間と空間が立ち上がる。
プレビューには多くの人々が集まり大盛況だったが、4月から11月へと向かう季節の変化のなかで、展示また刻一刻とその姿を変え続けていくだろう。
なおTokyo Art Beatでは毛利悠子とイ・スッキョンの対談取材をヴェネチア館で実施。こちらの記事の公開もお楽しみに。
福島夏子(編集部)
福島夏子(編集部)