人間が作り上げた「理想の風景」を問う、平子雄一インタビュー。故郷・岡山で初の大規模個展を前に語る

「自然と人間の関係」を追求するアーティストの平子雄一が、岡山の奈義町現代美術館で、8月3日〜9月8日に個展「IDEAL LANDSCAPE 平子雄一展」を開催。展覧会に向けて制作中のスタジオを訪れ、話を聞いた。

平子雄一 スタジオにて 撮影:編集部

植物や自然と人間の関係、その中で浮上する曖昧さや疑問をテーマに制作を行うアーティスト、平子雄一。作家の故郷・岡山県での初の大規模個展となる「IDEAL LANDSCAPE 平子雄一展」が、9月8日まで奈義町現代美術館で開催されている。

平子にとって岡山の豊かな自然の中で育った経験は、現在の作家活動の原体験にもなっているという。高校卒業後にロンドンに渡り、街路樹や公園など人の手で整備された植物を「自然」と呼ぶことに抱いた違和感をきっかけに、作品を通じて現代社会における自然と人間の境界線を追求している。

今回の展覧会では、山や湖などの風景を表現した巨大な立体作品を発表する。開催に先駆けて新作を制作中の作家スタジオを訪れ、展覧会のテーマである「理想の風景」や、植物と人間が一体になったキャラクターの誕生背景、人間中心的な自然との関わりへの違和感などについて話を聞いた。

「IDEAL LANDSCAPE 平子雄一展」会場風景より Photo by Osamu Sakamoto

画一化される「理想の風景」のイメージ

──平子さんは生まれ育った岡山から高校卒業後に渡英され、ロンドンという都市の中での自然のとらえられ方に違和感を抱いたことが、「自然と人間の関係」というテーマで制作されるきっかけになったそうですね。岡山で過ごされていた時、自然はご自身にとってどんな存在だったのでしょうか。

自然を自然と認識していなかったですね。地元ではそこら中にあるものだったので、自然に対して、「美しいもの」というような特別な感覚もなく、当たり前にある遊び場という感じでした。平坦な干拓地で生まれ育ったのですが、少し遠くを見ると山がいくつかあって、あとは田んぼや畑、雑木林などがあるようなところで遊んでいました。

──ロンドンに移住されてから、ご自身のそれまでの自然に対する考えとどのような違いを感じられましたか?

ほかの都市もそうだと思うのですが、ロンドンは自然を自然として維持していく努力をしないと保てない場所なんですよね。だからちゃんと予算をつけて、公園や街路樹などの整備や保護にお金をかけていることにとても驚きました。自分にとって自然はただそこら中にあるもので、そういうことをする対象だとはあまり思っていなかったので。それと、自然を公園というパブリックなものとして扱うことの長い歴史があるので、日本よりもそれが定着している感じがしました。

都市の中の自然って基本的にはコンビニエンスなものなんですよね。本当の山に訪れなくても擬似体験ができるような、テーマパークに近いもの。自然をどう使うか、というとても人間本意な視点ではあると思います。

スタジオにて 撮影:編集部

──今回の展示は「IDEAL LANDSCAPE(理想の風景)」と題されていますが、そういう意味では公園も人間が作り上げたひとつの「理想の風景」と言えそうですね。今回は岡山県内では初めての大規模な展覧会だそうですが、なぜ「理想の風景」をテーマとされたのでしょうか。

いつもそうなのですが、最初にテーマをかっちり決めてはいなくて、まず奈義町現代美術館で展示をすることが決まり、それから何を展示すべきかを考え始めました。美術館のロケーションなどの影響もあったと思うのですが、この場所に適した表現方法としてランドスケープタイプの立体作品を作るべきだと思いました。そして、逆説的になぜそこに行き着いたのかを考えたときに、自分たちが思い描く「自然の風景」というものを探求すべきだと思い、今回のテーマにまとめ上げていきました。

──公園もそうですが、「自然の風景」とされている、人間が作り上げた風景ということですね。

そうですね。僕たちのなかには、「見たいものを見たい」「守りたい自然は、こういう自然だ」という考えがあると思うんです。たとえば、「雄大な自然」はみんな大好きだし、原生林は守らないといけない。いっぽうで庭に植えたハーブなどはそこまで価値のあるものだと思っていない。でも、そのふたつの違いを考えないといけないし、多くの人がそのようにひとつの「理想的な風景」という見方に寄っていっているところがあるんじゃないかというのも常々思っていました。だからこそ、「風景」は取り組むべきテーマだと思いました。

「IDEAL LANDSCAPE 平子雄一展」会場風景より Photo by Osamu Sakamoto

──「理想の風景」というテーマには、それが誰にとっての理想なのか、ということへの問いかけの意味も込められているのでしょうか。

理想的な風景というものは時代によっても変わって、確定しているようでいて全然そうじゃないんですよね。でも、あたかもそれが正解だというふうに、その時々で扱われているので、結局のところ自分たちの行動を図る尺度になっているのかなと思います。

自然って、自然を守るのは良い活動だというポジティブなイメージを作りやすいツールではあると思いますし、「自然は良いものだ」という考え自体も、人間が作り出したひとつの方向ですよね。その方向自体を批判するわけではないですが、すべて人間の発信で風景が生まれているということがあまり解せないし、ちゃんと考えたいです。

平子雄一 スタジオにて 撮影:編集部

──作家としての原体験にもなった時間を過ごした故郷の岡山での展覧会ということについては、何か特別な思いはありますか?

いつもより挑戦的なものを作ってみようかなとは思いました。岡山で生まれ育っていなかったら現在の作風にはなっていないですし、重要な場所ではあるので、ここに対して何ができるのかということは考えながら作りましたね。

「木」と「水」の風景の中を散策する巨大な立体作品

──展示のメインとなる大きな立体作品はどのような作品になるのでしょうか。

2つのパターンで構成されるのですが、1つは山、1つは湖の風景です。木と水ですね。ただ、そのままの自然の風景ではなく、自然に人間が介入したうえで出来上がった風景を作り上げています。山のほうは道が整備されていて、そこに車が走っていて、山が少し削られた場所に家が建っている。

少し田舎に行けばありがちな風景なのですが、それを客観的に引いて見ることってあまりないと思うんです。そこに僕なりの解釈も入れたうえで表現しているので、最初に「かわいい」という感じで近づいて見ていくうちに、これは自分たちがやっていることだと気づく人は気づくのではないかと思います。そこで、じゃあ自分たちがやっていることってなんなんだろう?と振り返ることができるような景色にはなっているのではないでしょうか。

「IDEAL LANDSCAPE 平子雄一展」会場風景より Photo by Osamu Sakamoto
「IDEAL LANDSCAPE 平子雄一展」会場風景より Photo by Osamu Sakamoto

──これは岡山の風景を表現されているのでしょうか?

岡山を含め、日本各地にある山間の風景ですね。

──かなり大きな作品ですが、このサイズ感であることも重要でしたか?

そうですね。風景は何が起きているのかをひとつの視点からだけでは把握できないものだと思うので、一方向からだけでは見られないようにしたかったんです。鳥瞰的に見れば風景だとわかるのですが、実際に中にはいってみないとわからないことがたくさんある。ちょっと訪れてその中を散策したかのような情報量で展示を作りたかったので、このサイズにしています。少し視点が高めになるように作ってあるので、鑑賞者がふだん現実で見ている風景との違いも感じるような、少し特殊な体験にもなると思います。そのなかで、作品のもとになっている、現実に自分たちの身の回りに起きていることと結びつけていきたいです。

「IDEAL LANDSCAPE 平子雄一展」会場風景より Photo by Osamu Sakamoto
「IDEAL LANDSCAPE 平子雄一展」会場風景より Photo by Osamu Sakamoto

──展示会場である奈義町現代美術館は、1994年に開館した、磯崎新さんの設計による特徴的な建築の美術館です。那岐山を望む緑の中に位置し、自然との融和を意識された建物だと思いますが、今回の展示をされるにあたって美術館の建物についてはどのように意識されましたか?

格好良いとは思いますが、やはりすごく違和感がある風景になっているとは思います。建設された頃は、環境に対する考え方も現在と違っていたと思いますし、いまの建築家や建築スタイルでこのような建築物をあの場所に作るかというと、おそらくそうではないようにも思います。あの時代だからこそ作り上げられたというか。

でも、その時代に建築家や作家がどのように自然と向き合ってものを作ったかが残っている場所だとは思うので、いまの時代の僕がそこに対してどんなふうに自然と向き合い、何かを残していけるのか。まだわかりませんが、新しいものが生まれるとは思っています。

奈義町現代美術館 Photo by Osamu Sakamoto

植物と人間が一体になったキャラクターが表すもの

──平子さんの作品の象徴とも言える、植物の頭と人間の身体を持つキャラクターについてもお伺いできればと思います。今回の立体作品でもこのキャラクターたちが風景の中に登場するそうですが、これはそもそもどのような存在なのでしょうか。

もともと僕は人工物と自然が混ざったような、風景画に近いものを描いていたんです。そのときは自然への畏怖や、自然と人間の境界線を意識して作っていたのですが、それだと視点が一方向的だと思うようになりました。自分たちはどのようなスタンスで植物に接しているのかを考え始めてから、植物と人間のハイブリッドな存在を作らないと植物と人間の関わりというテーマを語りきれないと思ったのが、この登場人物が生まれたきっかけです。

そのときに考えたのは、「人が花をきれいだと思う」という状況です。花はきれいだし、もらったら嬉しい。もともと繁殖のために作られていた花に品種改良を重ね、流通しやすいものだけが残って、それを「きれいだ」と思う。そのシステム自体、人が作り出した不思議な状況だなって。それに「自然は良いものだ」という考えも教育によって作られます。ただ先進国ではそうだとしても、自然を愛でたり保護したりしていられる状況ではない人たちにとってはどうでもいいことですよね。そのような人間本位で自然を扱う状況をどう表すか、ということを考えた時にこの登場人物が出てきました。

スタジオにて 撮影:編集部

──分身のように平子さんご自身が投影されている部分もありますか?

もちろんあります。先進国の豊かな日本に暮らす僕の象徴ですね。僕が貧しい国に生まれていたり、自然になんの価値もないと思って破壊したりしている人だったらこの登場人物にはなっていないと思います。

──初期の絵画作品から今回の立体まで、このキャラクターはこれまで様々なかたちで表現されてきていますが、時を経るなかで、人物の位置付けやそれらが持つ性格は変化していますか?

この人が内包するテーマは増えていると思います。いろんなことを語ってくれるなと思う存在なので。ただ、この登場人物も全体の一部であって、これを作るためにすべての制作活動を行なっているわけではないです。入り口としてはすごく有効だと思っていますが、これだけに頼り切ってもいけないとも思っています。

でも、みんなこの登場人物をすごくポジティブなもの、時代に合っているものとして見てくれるので、そこは面白いですね。僕はただ、ある状況を表しただけで、ポジティブなものとしては作っていないのですが。

「IDEAL LANDSCAPE 平子雄一展」会場風景より Photo by Osamu Sakamoto

──社会における環境意識の高まりなどによって、作品の受け止められ方もそういったメッセージと結びつけられやすくなっているのでしょうか?

それは明らかにあります。ただこの先、「自然とかそんなに気にしなくても大丈夫」という方向に社会が流れていけば、僕の作っているものもいまとは全く違う価値になってくる。全然いらないものになっていく可能性もあります。だからといって時代に合わせていく必要はありませんが、今後どう変わっていくのかということも含めて注意深く見ていかないといけないなと思います。

──平子さんの作品は、いままでお話いただいたような現実にある状況に基づいて制作されていると思うのですが、キャラクターがいることでファンタジー的な世界観や物語性があるようにも感じられます。3連、4連のペインティング作品なども発表されていますが、作品を描く際に物語的な設定も意識されているのでしょうか。

僕自身は現実的なものをいかに具現化させるかということでしか制作していないので、背景にファンタジー的なものはまったくないです。物語設定もまったく持たせてないです。でも、見る人が自然と物語があるものとしてとらえているんですよね。絵画も造形も僕は1シーンしか描いていないのですが、先ほどの「理想の風景」と一緒で、見る側がその背景も思い描いちゃうというか、鑑賞者が物語を作っている。それも面白いなと思いながら制作しています。

「IDEAL LANDSCAPE 平子雄一展」会場風景より Photo by Osamu Sakamoto
スタジオにて 撮影:編集部

人間のために自然のポジティブなイメージが都合よく使われている

──環境問題や気候変動の深刻化によって、「人間と自然の関係」というテーマもますます喫緊のトピックになっているかと思います。そういった社会状況とご自身の創作の関係についてはどのように考えていますか?

僕は制作活動の一環で自然保護の活動などを行うというわけではないですが、社会が自然とどう向き合っているかということはつねに意識しています。余裕のある国は自然保護活動をしていますが、自然を壊さないと生活できない人もいるなかで、それが悪いことのように言われてしまう状況もありますよね。原生林を伐採してそこで放牧して生活している人や、鉱山から資源を掘って稼がないといけない人もいる。それが豊かな国からすると「自然を壊している」と悪いことをしているように映ってしまう。人間が進むべき「良い方向」というもののために、自然のポジティブなイメージがうまく使われているなというふうに思っています。

人は何が見たいのか、それによって何が作られているのか。人間でなく自然側に立った視点というのはすごく少ない。これから先、植物や自然と対話できるようになるかはわかりませんが、それができたらまた変わってくるかもしれません。自然や植物に意思はあるのかという研究も進んでいますが、開けたらダメな箱かもしれないですよね(笑)。枝を1本切ることで植物にすごくストレスがかかっていることをみんなが知ったらどうなるか。

──平子さん自身は植物の声を聞いてみたいですか?

聞いてみたいです。何もなかったら何もなかったということも知りたいですし、文句ばかり言っているのだったらそれも知りたい。もし全然違う言語で違う思想があったとしたらそれも面白いですよね。植物は種の存続を目指しているのかというのも疑問ではありますし。

平子雄一 スタジオにて 撮影:編集部

──お話を伺っていると、自然への人間中心的な視点に対する疑問があると同時に、自然をことさら神聖視したり、畏怖すべきものとすることにも違和感を感じていらっしゃるように感じました。人間と自然の関係をあくまでフラットにとらえようという視点はどのように生まれたのでしょうか?

初めからそう思っていたわけではないのですが、自分にとっては身の回りに当たり前にあった自然が特別なものとして扱われているということに気がついて、色々と調べていくうちにこうなったというのが正直なところです。

自然を守りたい人たちがいて、壊さないと生きていけない人たちもいて、どちらも正しい。だからこそ僕は中立な立場を守っていかないといけない。ここにしか僕の居場所はないし、ここをテーマにするからこそ作品が作れると思ったんです。僕は作品を通して思想を語るタイプではなく、状況を作ることしかできません。どっちつかずのポジションをどのようにとっていくのかをつねに考えているうちに、すべてをフラットにとらえるようになっていきました。

よく「自然が好きなんですね」って言われるのですが、自然が好きでやっているわけではないんですよね(笑)。人が僕の作品を見て、「自然が好きな人が作っているんだな」って思うこと自体を面白いと思っているので。

「IDEAL LANDSCAPE 平子雄一展」会場風景より Photo by Osamu Sakamoto

──今回の展覧会で挑戦的なものを作ってみたかったと仰っていましたが、最後に、今後さらにチャレンジしてみたい表現や現在考えているプランなどがあれば教えてください。

まだ具体的には説明できないのですが、違うメディアを使った表現を試してみたいと思っています。陶器や布なども検討しているのですが、絵画でも立体でもメディアを変えると、鑑賞者も得られるものが違ってくるので、色々とテストしつつ発表したいですね。立体作品で風景を作るのは今回の展覧会が初めてなので、それはしっかり良いものに仕上げつつ、次につなげられたらなと思っています。来年には大規模な個展も控えているので期待していただければと思います。

後藤美波

後藤美波

「Tokyo Art Beat」編集部所属。ライター・編集者。