イラストレーションやグラフィックデザイン、時にはコミックやアニメーションをも手がけるアーティストのウィル・スウィーニー。ステラマッカートニーやアンダーカバーなど、一流ファッションブランドとのコラボレーションでも知られる彼が、DIESEL ART GALLERYにて個展「VORPAL SWORD」を開催中だ。ロンドンを拠点に活動するスウィーニーが日本でこの規模での個展を開催するのは、実に11年ぶり。Tokyo Art Beatでは、新作を携えて来日したスウィーニーに話を聞いた。
特徴的な展覧会タイトル「VORPAL SWORD」。このタイトルは、イギリスを代表する文学者であるルイス・キャロルのナンセンス詩「ジャバウォック(Jabberwock)」から着想を得たという。
「(「ジャバウォック」は)一見すると意味が全く通じず、わけのわからない詩に思えます。子ども向けだと思われがちなこの詩ですが、僕はもっと深い意味が込められているように思っているんです。また、僕はこの詩のメッセージを解釈するというよりも、詩そのものが持つ美しくて奇妙な雰囲気も気に入っていますね」とスウィーニー。
「VORPAL SWORD」は、直訳すれば「鋭い剣」という意味であり、キャロルの詩の中では架空の怪物・ジャバウォックの首を撥ねる武器として登場した。しかし、展覧会タイトルの「VORPAL SWORD」には「戦うための武器というより、クリエイティブな魔法、エネルギーを発する道具」といった意味が込められている。
言葉通り、本展に集まった作品はどれも独特のサイケデリックな世界観を持っており、まさにクリエイティブの魔法がかかっているようだ。多くの作品に、ド派手な蛍光色がふんだんに使われ、鑑賞者はスウィーニーが作り出す未来の世界に誘われる。
「作品の登場人物は、日常の中のさまざまな局面から着想を得て描いています。僕の作業場にはたくさんの本が置いてあるのですが、そこからアイディアを持ってくることもあります。動物や虫、自然史、コスチューム、建築など、参考にする本のジャンルはいろいろです」と語る。
「僕の作品に描かれているのは、未来のカートゥーンの世界。SF的だともいえるかもしれません。ただ、未来といっても現実的な予測に基づいたものではなく、もっと奇妙な空想上の物語空間を再現しています。僕自身が頭の中で空想したストーリーを、自由にカンヴァス上で表現しているんです」
筆者は、スウィーニーの不思議な作品世界に触れたとき、とある西洋絵画を直感的に連想した。ヒエロニムス・ボス≪快楽の園≫(1490-1510)である。想像上の動植物たちが登場するこの作品は、今なお多くの解釈が生まれ続けている名作だ。アダムとイブが暮らす楽園と猥雑な終末世界の物語が独特なタッチで表現された≪快楽の園≫は、スウィーニーの描き出す極彩色の空想世界と共鳴しているように思える。このことを伝えると、彼からはこのような言葉が返ってきた。
「ボスの作品は大好きで、≪快楽の園≫の不思議な世界観からも強い影響を受けています。ただ、僕はボスの絵画のスタイルをそのまま真似ようとしているわけではありません。僕が影響を受けているのはむしろ、“作品をどのように構成しているのか”というボス自身の思考プロセスです」
スウィーニーの作品には、奇妙なコスチュームに身を包んだエイリアンのような人間や、不思議な構造を持った未来の建築物が数多く登場する。しかし、登場人物に込めた意味や解釈を、多くは語りたがらない。
「僕は、それぞれの作品のモチーフについて、個別の意味をはっきりと説明することはあまりしたくありません。作品を見た鑑賞者が、僕の作品のストーリーを想像してほしいんです。僕が≪快楽の園≫を見て、ボスの思考を想像するように」
では、スウィーニーが展開する唯一無二の世界観は、どのような経緯で形成されていったのだろう。アーティスト自身が影響を受けたカルチャーにはどんなものがあるのか質問してみた。
「影響を受けたものがすごく多くて、話しきれないのですが……何と言っても音楽が好きで、常にインスピレーションを受けています。作品を作るときも、仕事をしていないときも音楽を聴いています。10代のころからヒップホップやパンクにハマっていました。とくに、ハードコアパンク、アンビエント……ガスやディスチャージ、ドーンオブヒューマンズといった変わったパンクバンド、王道ではない音楽が好きです。」
このほかの場面ではどちらかといえば言葉少なに語っていたスウィーニーだったが、カルチャーの話になると目が輝いた。影響を受けたミュージシャンを聞くと、次から次に名前が挙がる。
「音楽は今でもさまざまな種類のものを聴くけど、やはり1番影響を受けたのはパンクです。音楽性や歌詞の世界はもちろん、政治的な側面からも、パンクの精神に共感しています」
もちろん、彼の作品に影響を与えたのは音楽だけではない。スウィーニーの作品を象徴するサイケデリックな色づかいは、スタンリー・マウスやヴィクト・モスコーソーなどに代表される60年代のアーティストからインスピレーションを受けているという。
また、すでに10回以上の来日経験があるというスウィーニーは、日本の風景を作品のヒントにすることも。同展で公開されている≪Energy Cannot Be Destroyed≫(2017)に登場する工場のイメージは、日本で訪れたお台場の景色に影響を受けているそうだ。日本の文化に対する関心をたずねると、「直接的に影響を受けているとは言えないけれども、手塚治虫や水木しげるといった漫画家たちの作品が本当に大好きです。彼らのことを、20世紀の偉大なアーティストとして非常に尊敬しています」との答えが返ってきた。
ヒエロニムス・ボスの祭壇画からハードコアパンク、お台場の景色まで、スウィーニーの関心は多岐にわたる。大好きなコンテンツを語るそのまなざしは、子どものように好奇心に満ちていた。カルチャーに対するスウィーニー流の理解が、個性的な作品世界を形づくるエッセンスとなっていることは間違いない。
本展の会場内に設置されたガラスケースには、自ら集めた雑誌の切り抜きやフライヤー、自身のドローイング作品がスクラップのように展示されている。
「このキャビネットには、僕がインスピレーションを受けたものをいろいろ集めてみました。作品そのものに直結しているわけではないですが、僕の作品を理解するための手がかりになるようなアイディアが詰まっています。このキャビネットが、展覧会を見てくれる人にとって刺激的なものになるといいですね」
会場内でひときわ目を引くのが、会場正面に設置された2枚のタペストリー。これらの作品は、本展で初公開された新作だ。これまでになかった大規模な作品は、制作スタジオの移転がきっかけで生まれたという。
「去年の頭ごろ、広いスペースのあるスタジオに引っ越したんです。この展覧会のための新作は、広いスペースを活かした新たな挑戦として制作しました。今までは小さいサイズの作品、細かい作業が多かったですが、作品の規模を拡大することで制約が減り、もっと自由な発想で描くことができるようになりました」とスウィーニー。タペストリーという形式を選んだのは、自分の作品を別のフィルターにかけて表現する試みでもあったと語ってくれた。
グラフィックやファッションといった分野でもすでに高い知名度を誇るが、今後はどんなクリエイションに挑戦していきたいのだろうか。今後の展望を聞いてみた。
「ニンテンドースイッチが大好きなので、ゲームを作ってみたいかな(笑) 彫刻にもチャレンジしてみたいけれど、新しいメディアに挑戦するのには時間がかかりそうです。現実的に話すと、カンヴァスや白い紙の中で自分の世界を自由に表現することが1番しっくり来るように思っています。ファッションブランドとのコラボレーションの仕事も大好きだけど、まずは自分の世界を作品にすることから。自分のやりたいように、1人でじっくりと描く時間を大切にしたいです」
有名ファッションブランドとのコラボレーションで知られ、グラフィックデザイナーとして高い評価を獲得しているスウィーニー。しかし、今回の展覧会では、ドローイングや水彩画、テキスタイルから映像作品まで、様々な表現に挑戦するアーティストとしての仕事を目撃することができる。インタビューを通じて、アートに対して驚くほどにストイックで、職人気質ともいうべき姿勢が垣間見えた。「VORPAL SWORD」では、イマジネーションにあふれた彼の世界を体感することができる。
また、会場には、描き下ろしの新作や未発表作品のほか、限定商品も多数スタンバイ。アーティストのこだわりが詰まったZINEなど、ここでしか手に入れられないグッズが揃っている。こちらもあわせてチェックしてほしい。
■展覧会概要
タイトル:「VORPAL SWORD」
アーティスト:ウィル・スウィーニー
会期:2018年3月2日(金)~5月24日(木)
会場:DIESEL ART GALLERY(DIESEL SHIBUYA内)
住所:東京都渋谷区渋谷1-23-16 cocoti B1F
電話番号:03-6427-5955
開館時間:11:30~21:00
入場料:無料
休館日:不定休
ウェブサイト:www.diesel.co.jp/art