アメリカ人画家・テリー・ウィンタースは40年以上にわたって近代的抽象表現と自然界の構造のあいだの関係を追求してきた。初期作品の多くでは植物を彷彿とさせる有機的なフォルムが描かれ、それはやがて生物システムの構図、数学的な図表、音楽的な表記、そしてデータの可視化へと発展していく。
ファーガス・マカフリー東京で5月20日まで開催中の個展「IMAGESPACE」では、6点の新作絵画を展示。それは顕微鏡で見た植物の細胞のようにも、あるいは宗教的な宇宙観を図表化した曼荼羅のようでもある。個展のために来日したウィンタースと美術批評家・沢山遼の対話から、彼の作品を成り立たせているものを探る。
——今回出品している新作で、新たに試みたこと、展開したことを教えてください。
ウィンタース 今回の作品は、近年制作してきた作品の延長と言えると思います。それらは、膨大な量の小さなサイズの白黒のドローイングをベースとして制作されています。
ドローイングは私にとってかたちのボキャブラリーを作り上げることに関わっているのです。そして絵画は、これらのプロトタイプとしてのドローイングに含まれる可能性のある、意味や精神的な次元に到達するための視覚的なシステムとして機能しています。
——ウィンタースさんの絵画はとても明快な形態と色彩の関係を持っているように思います。たとえば、《Point Array》(2022)は、ドット(点)と色の面から成立していますが、ドットはピンクや赤で描かれ、その下の色面は青い色で描かれています。つまり、それぞれの要素が異なる色で描き分けられています。そこには、色彩と形態の関係の、とても明快な構造があると感じます。色彩と形態は絵画の構造にどのように関係していますか?
ウィンタース 色は、私が取り組んできたドローイングの文脈に、未知の要素やより野生的な要素を与えてくれるものです。そして、それぞれの色は、最終的なイメージのかたちを決定づける物理的、化学的な役割を持っていると思います。それぞれの絵画には、時間をかけて積層された構造があります。色はその時間のなかでなんらかの形で変化し、うごめき、私にとっても驚くような結果をもたらすのです。
——ドローイングの描線は、時間のなかで展開するものを示唆しています。しかし、色彩も時間的なプロセスを持つということですね。ドローイングと色彩の関係という側面から、絵画におけるプロセスや時間についてさらにお訊きできますか?
ウィンタース 色彩とは、時間を記録するものであり、絵画の構造に順序を与えるものでもあります。白と黒のみを使うためドローイングは限られた要素と短い時間の中で制作されます。そのため、はっきりとしたプロセス、時間の経過に分解することの難しい展開のなかで発展していくものだと思っています。変化は、ドローイングを描いてくまさにその過程のなかで、限られた範囲内で徐々に起こるわけですから。
それに対して、絵画にはより広い可能性が含まれています。絵画制作の際は、まず膨大な素材と手順の選択肢に向き合わなければなりません。そして色は劇的な変化と方向づけをもたらします。たとえば絵具の乾燥を待つという実務的な過程でも、それぞれの画材で異なる時間が必要です。絵具そのものが具体的なプロセスを要求するということですね。そしてその物理的な要求に取り組み、また戯れるなかで、新しい絵画の可能性が生まれてきます。そのあいだに、自分がどのようにイメージを構築していくか、という観点や絵画との関係性もつねに変化しています。情緒的に豊かで抽象的な環境をそこに見つけるよう努めています。
——ウィンタースさんの仕事は、絵画が、絵画以外の領域(たとえば自然科学的領域)と連携していることを一貫して示してきました。なぜそのような考えに至ったのでしょう?
ウィンタース それにはいくつかの理由があると思います。一つには、私の作品にドローイングの要素を取り込む方法を探してきたということがあります。大学で描いていた絵画の多くは、とてもミニマルでモノクロームに近いようなものだったのですが、そのなかでドローイングを、ミニマリズムとプロセス・アートの流れの中で正当化する方法を見つけたかったんです。
それから当時の私は、ある種、外から与えられたもの、受け取ることができる主題を探していました。そのとき、私には自然が、デュシャン的な意味での究極的なファウンド・オブジェクトのように見えたのです。私には、博物学の技術的、科学的な図解やダイアグラムが、拡張された自然として見えていました。こうしたイメージは、客観的、科学的なレンズを通したときに、自然がどのように見えるのかより広い知識を私たちに与えてくれます。こうした特異なイメージを、絵画の伝統的な文脈のなかで再解釈することができると感じたんです。セザンヌは、絵画は「自然に対する新しい視覚」を生み出すべきだと言いました。私が関心を持ったのもその考えなのです。
——ウィンタースさんの絵画はミクロな世界を示しているようにも見えますが、逆に、広大なスケールの世界を描いているようにも見えます。このようなスケールの横断性、複数性は意識されていますか?
ウィンタース 私は特定のスケールから解放されたイメージに関心を持ってきました。解釈を特定しない、多義的なイメージを追求しているんです。私たちの世界では、絵画自体は当然実際のサイズを持っているわけですが、そこに描かれたイメージは特定のサイズやスケールを持っていない。その二重性を作り出すことが面白いと感じています。それは、流動的で抽象的な自然のイメージに、現実のサイズを与えるということでもあるのですが。
ウィンタース 絵画は、現実の時間、物理的な次元のなかに成立しています。しかしそれらのイメージは、無限の広がりを持つ次元を示唆しています。その二重性、対立が好きなんです。
——今回の個展で感銘を受けたことに、ウィンタースさんの絵のサイズがあります。現代美術の世界では、やたらと巨大な絵画が多く見られますが、正直言って私はそういうものがあまり好きではありません。ウィンタースさんの絵画のサイズは抑制されていて、身体的なスケール感を持っていると感じました。
ウィンタース やはり絵画は身体との関係において作られるのだと思います。そこで重要なのは、手と腕の身振りによる筆触をいかにヒューマンスケールと関係させるかということです。そしてそのことは、意識と絵画がいかに接点を持つかに関係してくると思います。
——先ほどウィンタースさんはスケールから解放されたイメージに関心を持ってきたとおっしゃられました。そこで思い出したのが思想家や建築家など多彩な顔を持つバックミンスター・フラーの理論です。フラーは、ミクロな世界と宇宙のような巨大なスケールを横断しながら、そこに共通する構造を見ることのできた人物だと思います。つまり、彼は実際のサイズというものを気にかけていなかった。彼は、実際のサイズを超越した、スケールから解放された世界を見ていたと思うんです。
ウィンタース フラクタル構造といったものですね。
——部材同士を三角形のかたちで繋いでいくトラス構造などもそうですね。
ウィンタース 私は学生時代からフラーの思想に強く傾倒していました。フラーのレクチャーを聴講したこともありますよ。彼はずっと話し続けるんです。ある意味で彼のレクチャーの時間の長さもスケールから解放されていました(笑)。
フラーは、自然の形態から出発して、それを技術的問題に変換し、地球上の諸問題の解決を探求した偉大な実例だと思います。そこには膨大な思考、エコロジカルな思考がありました。そこに私はとても共感を覚えていましたし、その観点において、私は日本やアジアの美学にもつながりを感じてきました。それは、自然とその在り方に従い、自然のプロセスを実際の身振りのなかに落とし込む、という考えです。芸術を「自然とその機能の仕方を模倣するもの」ととらえている。
——あなたの絵画は抽象であると言われてきました。フラーのことを考えるとき、彼のジオデシック・ドームの構造も幾何学的で抽象的に見えますが、それは抽象ではありませんでした。それは具体的な問題の解決に向けられていたからです。私には、ウィンタースさんの絵画もその問題と関わっているように思われます。
ウィンタース その通りだと思います。私は抽象を、現実の世界の図を作り出すためにこそ用いてきました。絵画を現実世界との類似性を探し出すサーチ・エンジンとして使っている、とも言えますね。あなたはフラーについて言われましたが、私が関心を持っているのは、建築的な要素を持つ近代のすべてのジャンルなんです。音楽であれ、文学であれ、映画であれ、ほかの人文科学であれ、それぞれが抽象という問題に関わっていた。絵画は20世紀の抽象という点において先陣を切る分野で、その軌道はいまも続いています。そして今日、私たちがいかに物理的・肉体的なやり取りから切り離され、「ビット」や「バイト」に制御された抽象的な世界に生きているかを考えると、いま、抽象と具象の問題は新たな段階に差し掛かっているのかもしれません。
——先ほどの質問と重なるのですが、ウィンタースさんの絵画は、抽象であると同時に、具体性があると感じられます。たとえば、そこには、建築的な構造があるように見えます。しかもそれは人間によって作られる建築ではなく、自然界や生物の身体構造などに遍在的に見られる建築的構造です。ウィンタースさんの作品を形容するのに「建築的」という表現は適切でしょうか。
ウィンタース 適切だと思います。しかしここで言う建築とは、想像上のもので、屈折、ベクトル、フレームからなる一種の生きた幾何学です。私はその生命を感じさせ、いろいろなレベルで語りかけてくる、パタン・ランゲージにアプローチしたいと思ってきました。私たちが知るように、すべてのものは、目に見ないものを含めて、異なるパタン化されたシステムから成立しています。フラーもまた、その目に見えない構造と原動力を思考したのだと思います。絵画はその力を、思考や感情のイメージとして描き出すことができるのです。
——スケールを超えるとそれまで見えなかった世界や自然の構造が見えてくるということがあります。先ほどウィンタースさんはパタン化されたシステムについて言及されましたが、ウィンタースさんの今回の個展の絵画にもドットのパタンなどを見ることができます。そうした形態の反復を描く作業は、身体行為と結びつくものでもあると思います。
ウィンタース そうですね。絵画をつくることは、手による身体的な仕事です。制作過程の、素材を動かすという単純な物理的行為が、イメージへの意味づけと解釈に直接寄与する。どのように制作されるかが、その絵画が何を意味するかということの大きな部分を占めているのです。構造、絵具という物質や表面の筆触を通して、見る人は無意識的に絵画を理解したり、読解したりする。それは感覚的なものです。そしてそれが先住民族芸術やフォーク・アートに私が見出し、素晴らしいと思う点です。私は絵画がいかに現代の力と関わり、その結果として物理的な何かを生み出すことができるかに関心を持っているのです。
——あなたの絵画が持つそのような物質的な感覚や身体行為が、観者に心理的な効果を与えることになるのでしょうか。
ウィンタース そうであってほしいですね。絵画は何かしらの効果を与えるため、または何かを表現するためにあります。自己表現という意味での表現ではなく、ベースになっているドローイング、素材、手仕事、私自身の心理的状態。そういったものの集合体を通して生まれる表現です。だから結局私は、絵画が一種の信号を受信する受信機になり、同時に発信者になることに興味があるのでしょう。
ウィンタース ウィレム・デ・クーニングは「抽象的な形態であっても、なんらかの類似性がなければならない」と言っています。その類似性というのは、なんらかのかたちで、特定することが難しいものであっても、世界のなかのある分野とのつながりを示すものなのだと思います。
——その意味で、絵画もまた、ものとしての具体性、機能を持つと言えますか?
ウィンタース 私は絵画が純粋な美学や曖昧さに留まるのではなく、必然的な経路をたどることで完成すると感じられるように、機能的かつ必然的なものになるように努めています。生物学者のコンラッド・H・ウォディントンが提唱した「クレオード(Creode)」という概念があります。これは、遺伝子学者や生物学者が進化や細胞の発達に関して使う語で、生物の身体の各部位がその発生段階から必要な経路(クレオード)に従って進み、最終的な形態に達することです。私もまた、自分の感覚や心理によって変化するシステムやパラメータを設定しようとしています。そしてその中で発明や即興を試みています。自分を超えた法則に従うことで、絵画は私自身の想像を超えた、豊かな完結に近づいていくんです。
——生成的なシステムということですか。
ウィンタース そうです。私は絵画を作り上げる過程に一貫して関わっているにもかかわらず、その結果に驚かされています。過去の歴史的な巨匠たち、たとえばカンディンスキー、ミロ、アーシル・ゴーキー、ポロック、サイ・トゥオンブリもそうだったと思うのですが、かれらは絵画というジャンルを発明し、そして発展させたのだと思います。絵画というのは、様々な現代的な問題に取り組むための方法を模索する、とても単純で原始的な方法だと思うんです。
——これらの画家たちはみな即興性や自発的な展開を重視していましたね。
ウィンタース その通りです。基本的には私も自分が何をやっているのかわかっていないんです(笑)。
——最後に、あなたの絵画における知的なものと視覚的なものとの関係について教えてください。
ウィンタース それは二つのモダニズムの潮流であり実践者、すなわちピカソとデュシャンをどのように和解するかという重要な問題と関わっています。それは、網膜的絵画の問題と、知的で概念的なコンセプチュアル・アートの両方を扱うということもでもありました。この点に関して、ジャスパー・ジョーンズはこの二つの潮流を和解、統一することに成功し、二つが互いを排除しない新たな展開を導いたと思います。私自身も、ジョーンズ以降に出発したアメリカの画家として、同じ領域で仕事をしていると思います。絵画の物理的な要素を想像のヴァーチャルな次元に押し上げようとしているのです。
テリー・ウィンタース
1949年、ニューヨーク・ブルックリン生まれ。現在はニューヨークシティおよびコロンビア郡を拠点としている。日本の美術に深い親和を感じてきたウィンタースは、版画シリーズ「プリミティブ・セグメント」(Primitive Segments、1991年)と「トウキョウ・ノーツ」(Tokyo Notes、2005年)の制作のため、2度日本で長期滞在を経験している。ドローイング・センター(ニューヨーク、2018年)、マサチューセッツ大学アマースト校・大学現代美術館(2018年)、ボストン美術館(2017年)、ルイジアナ近代美術館(デンマーク、2014年)、アイルランド現代美術館(2009年)、メトロポリタン美術館(ニューヨーク、2001年)、クンスターレ・バーゼル(2000年)、ホワイトチャペル・ギャラリー(ロンドン、1999年)、ヴィクトリア・アンド・アルバート博物館(ロンドン、1998年)、ホイットニー美術館(ニューヨーク、1992年)、ロサンゼルス現代美術館(1991年)、ウォーカー・アート・センター(ミネアポリス、1987年)、テート・ギャラリー(ロンドン、1986年)など重要美術館での個展多数。