イギリスの生活文化に大きな変化をもたらし、デザインブームの火付け役にもなったテレンス・コンラン(1931〜2020)。日本初の展覧会となる「テレンス・コンラン モダン・ブリテンをデザインする」が東京ステーションギャラリーで開催されている。会期は2025年1月5日まで。
テレンス・コンランは1931年ロンドン生まれ。1964年にライフスタイルを提案する小売店「ハビタ」をオープンし、成功を収める。1973年に「ザ・コンランショップ」を開店。レストラン運営や出版、都市開発など幅広い分野で活動し、1989年に産業デザインに特化した世界初の「デザイン・ミュージアム」を開館。1994年に日本で「ザ・コンランショップ」第1号をオープンし、国内でも注目を集めた。2020年、89歳の誕生日の前に、バートン・コート自邸にて死去。
個人の生活空間から社会までを広く視野に入れた活動でデザイン業界を牽引したコンラン。本展は、初期のデザインやプロダクト、ショップやレストランのアイテム、発想の源でもあった愛用品、著書、写真、インタビュー映像など300点以上の作品や資料を通して、コンランの知られざる顔を浮き彫りにする。
「Plain, Simple, Useful(無駄なくシンプルで機能的)」なデザインが生活の質を向上させると信じ、デザインによる変革を推し進めたコンラン。デザインにとどまらず、実業家、ホテル経営者、小売業者、出版業者、レストラン経営者、そして美術館の設立者の顔を持ち、多岐にわたって活動していた。
本展を監修したデザイン・ミュージアムの元館長、ディヤン・スディックはコンランの多彩な活動について「コンランは、デザインを様々な視点から問題を探る能力として理解すべきだと語っていた。また、自身の活動を通じて、デザインがエリートの趣味ではなく、私たちの日常世界を見つめ直す手段であることを示そうとした。それがコンランの最大の功績である」とコメントしている。
イギリスの生活文化を一変させたコンランとは、どのような人物だったのか。本展は、初期のデザインやプロダクトからスタートし、レストランの開業やデザイン・ミュージアムの設立に至るまで、幅広い実績を紹介しながらコンランの知られていない側面に焦点を当てていく。
本展は、2階と3階で異なる展示構成が楽しめる仕組みになっている。展覧会が始まる3階には初期の家具やプロダクトが並び、住宅の一部を切り取ったような空間が広がる。
1950年代にイギリスで誕生したブリティッシュ・ポップ。その背景には、アメリカで発展した大衆文化に新たな可能性を見出したイギリスのアーティストたちがいた。その頃、ロンドンのセントラル・スクール・オブ・アーツ・アンド・クラフト(現セントラル・セント・マーチンズ)に在学していたコンランは、ブリティッシュ・ポップの先駆者であるエドゥアルド・パオロッツィからテキスタイル・デザインを学んでいたのである。
同時期に、イギリスを産業デザインのリーダー的存在へと押し上げた「Britain Can Make It」展(1946)や「Festival of Britain(英国祭)」(1951)が相次いで開催され、戦後のイギリスでは暮らしへの関心が再び高まっていた。戦後不況にあっても職を得たコンランは、英国祭で自作のデザインを発表したことをきっかけに活躍の場を広げ、テイストメーカーとしての評価を確立していく。3階では、そんな彼の足跡をたどるべく、人気食器シリーズ「チェッカーズ」やテキスタイルのパターンデザイン、初期の家具などが幅広く展示されている。
1952年にフリーのデザイナーとなったコンランは、1956年に「コンラン・デザイン・グループ」を設立する。そして、時代は1960年代に突入し、ロンドンは若者文化とともに爆発的に広がった「スウィンギング・シックスティーズ」の熱気に包まれる。時代の波に乗り、コンランもまた多岐にわたる事業を次々と展開していき、起業家としての手腕を発揮する。
1964年には、のちに斬新なデザインのライフスタイルショップのチェーンへと成長する「ハビタ」の1号店をロンドンにオープン。その成功を受け、1973年には「ザ・コンランショップ」の1号店を開店する。個性豊かな住環境を提案する「ザ・コンランショップ」のスタイルは、セレクトショップの先駆けとなり、イギリス国内だけでなく、日本を含む世界のデザイン市場にも大きな変革をもたらした。
本展は時系列に沿った構成ではなく、コンランの多彩な活動ごとに区切られている。そのため、2階に降りると、再び1950年代に戻ることになる。その頃からコンランはレストラン事業にも本格的に乗り出し、高級レストランからカジュアルなカフェまで50店舗以上を手がける。英国の伝統食材にハーブやスパイスを取り入れた「モダン・ブリティッシュ」と呼ばれる新しい料理スタイルをイギリスの食文化に根付かせたのも彼であった。さらに、1980年代後半からは、レストランのコンセプトや内装にとどまらず、ロゴやメニュー、灰皿、マッチ箱、さらにはスタッフの制服に至るまで、細部にわたってディレクションに行うことになる。2階の展示はその洗練された空間を覗き込むところからスタートする。
1970年代後半、コンランはバークシャー州キントベリーに建つ18世紀後半の赤レンガの邸宅「バートン・コート」を購入し、自宅とする。ここではガーデニングを楽しみながら、レストランのレシピ開発や雑誌の撮影を行い、ときには隣接する家具工房ベンチマークのためのスケッチに没頭することもあったという。東京駅の赤レンガをそのままデザインした2階の空間に設置されているインスタレーションを巡ることで、同じく赤レンガのバートン・コートの雰囲気に触れて、コンランのアイデアの源に出会うことができる。
2001年にコンランはバートン・コートにオフィスを移転する。2004年に撮影された仕事部屋の写真を背景に、実際の愛蔵品が展示されるエリアではコンランが創作に励んでいた空間を覗き込むこともできる。
1980年代から1990年代初頭にかけて、バブル経済に沸いた日本では華やかな消費文化がピークを迎え、建築やプロダクトデザインの分野でも世界的な評価を得る成果が次々と生み出されていった。そんななか、バブル時代の余韻が残る1994年に「ザ・コンランショップ」が日本に初上陸する。これを機に、コンランは日本国内の様々なプロジェクトにも関わりを持つようになる。このコーナーでは貴重な資料と関係者のインタビューが展示され、日本における活動を理解するための多くのヒントが提示されている。
1989年にコンランはロンドンのバトラーズ・ワーフ再開発エリアに、世界初の産業デザインに特化した「デザイン・ミュージアム」を設立し、世界中から注目を浴びた。27年間の活動後、「コンラン財団」の寄付によってミュージアムはケンジントンに移転し、3倍の広さとより充実した内容で再オープンした。私財を投じて実現させた「デザイン・ミュージアム」プロジェクトの背景には、「デザインは世界をより良くするための前向きな活動である」というコンランの信念があったという。多くの人にデザインの魅力を届けることこそが、コンランが残したもっとも重要な遺産であると言えるだろう。
展覧会の最終章に辿り着くと、あることに気づく。コンラン本人の写真が展示されているのは、この最後のコーナーだけである。ここには、会場に並べられている様々な資料やインタビューを通じて、コンランという人物を見出してほしいという思いが込められている。ポートレイトの隣にはコンランの最晩年のデザインのひとつ、「トラベル・ザ・ワールド」というトラベルケースが展示されている。ザ・コンランショップ 新宿店の開業25周年を記念して、イギリスの高級スーツケースメーカー、グローブ・トロッターが2019年に限定販売した特別なアイテムである。
見逃したくないのはオリジナルグッズが出揃うミュージアムショップだ。今回はブランドカラー「コンランブルー」が特徴的なオリジナルグッズだけでなく、ザ・コンランショップやデザイン・ミュージアムの関連グッズも多数用意されている。そして、帰り道にザ・コンランショップ 丸の内店に立ち寄り、コンランの世界観を反映したアイテムを探してみるのもおすすめだ。