「具体」からパリへ、パリから世界へ飛躍した松谷武判の60年を越える活動を総数200点以上の作品で大回顧する展覧会「松谷武判 Takesada Matsutani」が東京オペラシティ アートギャラリーで開幕した。会期は10月3日〜12月17日。担当学芸員は東京オペラシティ アートギャラリー学芸員の福士理。
まず、本展を見る前にTokyo Art Beatで公開中のインタビューを読むことをおすすめしたい。表現と思考の変遷が克明に語られているため、展覧会を見るうえでの手引きになるはずだ。
松谷武判は1937年大阪市生まれ。14歳で結核にかかり、22歳まで8年にわたり闘病。その間に日本画を学ぶ。1963年に戦後日本の前衛芸術を牽引した「具体美術協会」(以下、具体)の会員となり、ボンドをつかったレリーフ状の作品を発表。1966年に渡仏し、パリに拠点をおき版画制作に取り組み、やがてボンドによる造形に鉛筆の黒鉛を重ねた漆黒の作品で独自の境地を拓く。またインスタレーションやパフォーマンスでも個性を発揮し、2017年には第57回ヴェネチア・ビエンナーレのメインの企画展「Viva Arte Viva」に大規模インスタレーション《流れ-ヴェニス》を出品。19年にはポンピドゥー・センターで回顧展を行った。87歳になる現在もパリで旺盛な制作を続けている。
6章からなる本展。1章「形成期から『具体』へ」では、「具体」の会員となる前までの作品を紹介し、続く2章「『具体』第2世代の俊英として」で、1963年に「具体」の会員となった後の表現を振り返る。「グタイピナコテカ」(大阪・中之島にあった具体の活動拠点)で当時の新素材であったビニール系接着剤(ボンド)を使ったレリーフ表現をまとめて発表した松谷。ボンドのつややかなテクスチャと質量感が豊潤なイメージを作り出している。
作家は1966年に渡仏し、パリを拠点に当時の現代アートの最前線であった版画の領域に取り組んだ。第3章「パリ時代初期:版画とハードエッジ」では、平面メディアにおける空間性と時間性の探求から、幾何学的・有機的なフォルムと鮮烈な色彩を特徴とするハードエッジの表現に移行した様子を見ることができる。
いままであまり紹介されることのなかった一風変わったイメージ群を紹介するのは4章「制作行為の始源へ」。1970年代後半から紙と鉛筆を用いた制作へと溯行した、過渡期的な作品が紹介される。
4章で紹介されたグラファイト(黒鉛)によるドローイングの試行は、幅10mにおよぶドローイング群に結実。5章「黒の世界」では、そうした大型の作品、ホワイトスピリット(揮発性油)でグラファイトを流す表現や、ボンドによる造形にグラファイトの黒を重ねた新境地の作品が展示される。
ヴェネチア・ビエンナーレ、ポンピドゥー・センターでの回顧展など、改めて国際的な評価が高まる松谷。6章では2000年代以降、ますます自由でおおらかになっていく様が爽快だ。
階上(4階)のギャラリー3では、「紙作品にみる形成期の模索と制作の裏側」と題して、10歳から22歳まででの紙作品も紹介されている。そこには田舎情緒溢れる風景画もあり、革新的な抽象表現の源流にはこうした風景があるのか、と親近感を覚えた。
インタビューでは「美を作る」「本当の美」という言葉を口にしていた松谷。自身が求めてきた「美」とはどういうものなのか、本展ではそれがわかるはずだ。
野路千晶(編集部)
野路千晶(編集部)