公開日:2023年9月29日

シモン・アンタイの孤高の絵画に出会う。エスパス ルイ・ヴィトン大阪「Folding」レポート

フォンダシオン ルイ・ヴィトン「Hors-les-murs(壁を越えて)」プログラムの一環として開催。会期は2024年2月4日まで

《Tabula, Meun》 (1975) Courtesy of the artist and Fondation Louis Vuitton, Paris

フォンダシオン ルイ・ヴィトンのコレクションが来日

エスパス ルイ・ヴィトン大阪で、ハンガリー出身のフランス人アーティストであるシモン・アンタイ(1922〜2008)の回顧展「Folding」が、9月28日からスタートした。

今回パリのフォンダシオン ルイ・ヴィトンのコレクションから9点の絵画作品が来日している。昨年生誕100周年を記念してフォンダシオンで開催された展覧会「SIMON HANTAÏ. THE CENTENARY EXHIBITION」では、アンリ・マティスやジャクソン・ポロックの作品と並列されるなど影響を受けたアーティストの作品含め、多数の作品が一堂に会していた。

これまでシモン・アンタイの紹介は日本では一部の美術館での所蔵、ポンピドゥーセンターからの貸し出し、80年代の大阪の画廊での個展があったが、これほど大規模なものは初めてという。さらに今回、パリですら発表されていない、世界で初公開となる大作の2点が大阪で見られるという貴重な機会だ。

シモン・アンタイとはなにものか

まずはシモン・アンタイの来歴を辿ってみよう。1922年ハンガリー、ビア生まれ。ブダペスト美術学校で学んだ後、奨学金を受けて49年にパリへ移住し、多様な表現の影響を受けながら作品を制作した。その間シュルレアリスムとの出会いと訣別や、ジャクソン・ポロック、神秘主義などにも色濃く影響を受けた。

シモン・アンタイの代名詞と言えるのが、キャンバスを無作為に折りたたんでしわを寄せ、色を塗った後にキャンバスを開くことで絵画化する「プリアージュ(折り畳み)」の手法だ。キャンバスを折りたたんでできるしわとその空白の偶然性を活かしつつ、多様に展開していった。

1982年にフランス代表としてヴェネチア・ビエンナーレに出品するものの、アンタイは「引退」を発表。絵画制作を辞めることはなかったが、十年以上におよぶ長い沈黙を経て、98年には「Laissées(落とし物)」展を開催。2001年にはデジタルプリント作品「Suaire(聖骸布)」シリーズを制作した。2008年にパリにて逝去。

ジョットの聖母マリア像からインスパイアされたシリーズ

会場風景より 「マリアル(聖母マリアのマント)」シリーズ Courtesy of Estate of Simon Hantaï and Fondation Louis Vuitton, Paris 撮影:編集部

アンタイは生涯で「Études(習作)」、「Blancs(空白)」、「Tabulas(タビュラ)」など8つのシリーズを形成している。

この「Mariales」シリーズは1960年代と割と初期のもので、アンタイがジョットによる《荘厳の聖母(オンニサンティの聖母)》を見た衝撃から作られたとされている。

《Mariale m.o.4、パリ》 (1960) キャンバスに油彩 部分 Courtesy of the artist and Fondation Louis Vuitton, Paris

作品に近づくと、偶然性を生かした折り畳み具合とその凹凸の複雑さに目を奪われる。

会場風景より  「Études(習作)」シリーズ Courtesy of the artist and Fondation Louis Vuitton, Paris

向かい合うその後のシリーズ「Études」では色で埋め尽くされていた画面に、空白が生まれているのがわかる。ピエール・ルヴェルディというシュルレアリスムにも大きな影響を与えた詩人に捧げられたシリーズだ。

世界初公開のシモン・アンタイ作品の大作が

2室目はさらに巨大な平面作品に出会える。1972年に始まったシリーズ「Tabulas」では、折り畳みの手法が進化し、キャンバスに結び目を作ることで四角形のグリッドを表出させている。

会場風景より 「タブラ」シリーズ Courtesy of Estate of Simon Hantaï and Fondation Louis Vuitton, Paris 撮影:編集部

この2点は子孫のアトリエから直接購入したもので、今回世界初公開となる。それぞれ異なるテクスチャ、描き方をしており、巨大な作品ではあるがぜひ細部に目を凝らして見ておきたい。

《Tabula》(1980)(部分) Courtesy of the artist and Fondation Louis Vuitton, Paris
《Tabula, Meun》 (1975) Courtesy of the artist and Fondation Louis Vuitton, Paris

《Sans titre #503》(無題)(1984) Courtesy of the artist and Fondation Louis Vuitton, Paris

最後の《Sans titre #503》(無題)は、今回の展示ではいちばん新しい作品になるが、前述した「引退」のあとに密かに描かれていたものだ。82年にヴェネチアの代表となる華やかな活躍から一転して、アンタイは作品の販売はおろかインタビューすら受けず、どんどん貧しくなろうとしていったという。

しかしどうだろう、その間描かれたこの絵の華やかさはそれまでのストイックな色面よりも楽しげな雰囲気が垣間見える。アクリルを後期作品に用いたのも、より軽やかな印象の作品を求めた結果だというが、「清貧」にあったという印象はまったく見えないリズミカルさだ。

《Sans titre #503》(無題)(1984)(部分) Courtesy of the artist and Fondation Louis Vuitton, Paris

アンタイは2008年に亡くなるが、デジタルプリントも手がけるなど先進技術も取り入れていた。

この独特の折り畳み=プリアージュという技法はシモン・アンタイ以降誰にも引き継がれなかったかに見えるが、実は若き日に薫陶を受けたダニエル・ビュレンがオマージュを捧げるインスタレーションを展開するなど、その孤高の精神はまだ現代のアートにも息づいている。

シモン・アンタイ 回顧展「Folding」
会期:2023年9月28日〜2024年2月4日
時間:12:00〜20:00
※休館日はルイ・ヴィトン メゾン大阪御堂筋に準じます。
会場:エスパス ルイ・ヴィトン大阪
料金:入場無料

Xin Tahara

Xin Tahara

Tokyo Art Beat Brand Director。 アートフェアの事務局やギャラリースタッフなどを経て、2009年からTokyo Art Beatに参画。2020年から株式会社アートビート取締役。