内藤礼は1961年広島県生まれ。「地上に存在することは、それ自体、祝福であるのか」をテーマに、国内外で空間作品を生み出してきた。本展は東京国立博物館とエルメス財団との共同企画。9月7日〜2025年1月13日に開催予定の銀座メゾンエルメス フォーラムの個展へとつながり合う構成になっている。
開幕に先立ち報道陣向けに開催された概要説明では、本展を担当した東京国立博物館 学芸企画部 上席研究員・広報室長の鬼頭智美が「本展を通して、かつて生きていた人たちと、現代を生きる我々との間に通じる精神世界を感じてもらいたい。また、今後も博物館が創造の源泉の場であるように努めていきたい」と語った。
内藤礼は「この展覧会の構成は、(平成館企画展示室に展示されている)縄文時代の《土版》との出会いから始まった」と語り、「特別5室の足形やサル、イノシシなどのかつて本当に生であったものたちや、それらを作った人々、見つめた人々もまた、生のうちにいるものたちに呼びかけている」と続けた。そして「これまで持ち続けていた問いは、東博という場であったからこそ、深く感じ、考えることができた」とした。
展覧会は東博館内の3つの場所、平成館企画展示室、本館特別5室、本館1階ラウンジで構成されており、回遊しつつ鑑賞する形式となっている。
細長いトンネルをくぐった先にある第1会場は平成館企画展示室に位置し、普段は作品を展示しているガラスケースのなかが「生の外」、ケースの外側が「生の内」とされている。「生の外」には、東博の所蔵品で豊穣や多産を願って縄文時代に作られたと考えられる《土版》や内藤の作品《死者のための枕》や鏡を使った作品などが並ぶ。「生の内」の空間には、これまでの内藤の作品ではあまりみられなかった、赤や黄色などを含んだカラフルな小さい球体が天井から吊るされている。
この空間は、ぜひ現地を訪れて目にしてほしい。
続く第2会場、本館 特別5室は、近年では特別展「中尊寺金色堂」や、特別展「京都・南山城の仏像」、特別展「空也上人と六波羅蜜寺」などが数々の企画展が開催されている空間。この空間からカーペットと仮設壁を取り払い、可能な限り建築当初の状態に戻している。大鎧戸を開放し、自然光が降り注ぐ状態に戻した展示室は、東博の歴史のなかで「ここ数十年では初めて」(鬼頭)だという。
特別5室の床にはこぶりなガラスケースが配置されており、中には東博の所蔵品などが収められている。
この空間の中心にあるのは、重要文化財にも指定されている《足形付土製品》。2〜3歳の子供の足形は、その子の親が死を悼んで取ったものではないかと考えられている。
このほかにも、内藤は猪形、猿形などの土製品、東博ではおそらく初公開という獣骨などを選び、ケースに収めている。
また、天井からは細い糸に結び付けられた小さなガラスビーズや石辺が下がっている。ガラスビーズを用いた作品は制作段階に入ってから発想されたものだという。
そして、展示室の壁面にはペインティングの連作が並ぶ。制作順に展示される連作は、入り口から入って左側(西側)の壁から始まり、続きの絵は9月から銀座メゾンエルメス フォーラムの個展で展示される。そして、右側(東側)にある連作は銀座メゾンエルメス フォーラムで展示される連作から続いているものだという。会期が異なる2会場で時間軸のある連作を展示するという試みは、鑑賞者にとっても貴重な体験となるだろう。
そして、第3会場は東博ファンのなかでも人気が高い本館ラウンジ。モザイクタイルの壁面とアールデコ様式の照明が美しい空間の中心には、重ねたガラス瓶の上に水を満たした《母型》が据えられている。本作は生の外と内の往還を表したものだ。
表面張力で丸くなった水の表面には、ラウンジの扉、扉の向こうにある緑などが映り込み、水の中に別のラウンジがあるようにも感じられる。
なお、3つの展示室には、小さく丸い鏡など作品にいくつかの共通モチーフが散りばめられている。展示室を行き来して各展示室のつながりを感じてみるのも楽しい。
本展は、縄文時代の土製品や、約100年の歴史を持つ本館、そして9月に開催される展覧会など過去、現在、未来の時間について、そして生について考えを巡らせることができる展覧会だ。ゆっくりと空間に身をゆだね、精緻に作られた内藤礼の世界にたゆたってみよう。