文化庁が主体となり運営される、音楽とアートの融合を謳った「MUSIC LOVES ART 2024 -MICUSRAT」が、8月12日から25日の14日間開催されている。会場は、大阪市内と都市型音楽フェスティバル「SUMMER SONIC 2024」の会場である吹田市と千葉市幕張新都心。8月17日のSUMMER SONIC 2024大阪会場では、「文化庁×GOMA×RED CLIFF」による、日本初の花火と融合したドローンショーも実施された。
本記事では、大阪市内で見られるアート展示の紹介と、プロジェクトの背景について紹介していく。
MICUSRATは、世界的に展開できる作品をアーティストと創作し、日本を文化芸術のグローバル発信拠点へと成長させていくプロジェクトで、昨年から規模も拡大している。今年のテーマは「はんえい」。ひらがなで表すことで、「繁栄」「反映」そして、2025年の大阪・関西万博に向けて機運が高まる大阪の「阪」を読み込んだ「阪栄」などのイメージを想起させ、文化芸術が「時代を”反映”し、世界の発展や”繁栄”を願うための批評性」を持ち合わせていることを表現している。
8月25日までは、大阪市内(梅田周辺、中之島など)の12ヶ所で参加アーティスト10名による大型アート展示が楽しめる。大阪府下の作品展示コンセプトは、「Rhythm of Consciousness ―意識のリズムー」。作品によってそれぞれ会期が異なるのでご注意を!
まさに大阪の玄関口に置かれたこの作品から、アート回遊をスタートしよう。MICUSRATのメインビジュアルを担った、witnessによる《Spread Flowers》が、JR大阪駅構内にある大阪ステーションシティのアトリウム広場に鎮座する。アパレルブランドのグラフィックデザインやテキスタイルデザイン、ジャケットアートワークを手がける彼は、音楽家とのコラボも多く、近年注目されているアーティストのひとりだ。
「美しいものは私たちの日常の中にすでに存在している」というメッセージが込められたこの作品は、音楽と視覚芸術の融合を体現する革新的なものだ。witnessの祖父は木工だったため、幼い頃から、梁や柱が組み立てられる現場を見ることの多かった彼は、様々な角度からものを見ることに長けていたのだろう。
そのままJR大阪駅構内を進んでいき、時空の広場で見つけられるのが、MASAGON (マサゴン)の《HELLO!!! "MASAGON WORLD"》だ。複数の作品は全てフリーハンドペインティングによる。テーブルクロスとして制作したテキスタイルを切り取って、柄と顔が融合されたこの作品は、色彩豊かな柄と形が愛らしい。人と人が行き交うこの空間に相応しい作品で、鑑賞者同士の出会いと交流を促進し、活気に満ちた会話を生み出してくれそうだ。
阪急グランドビルの1階北側にある阪急サン広場には、鐵羅佑(テツラユウ)の《かすむ》。演劇などを通して身体表現に取り組んできた彼は、自然物や人間のもつ生命感、生々しさを表出させる彫刻を制作する。2021年の「六甲ミーツアート芸術散歩」で公募大賞準グランプリを受賞したこの作品が、新たに梅田に置かれることに対して、「六甲から、降りてきた」と鐵羅はコメント。いまや六甲と梅田をつなぐ象徴でもあり文化的アイコンといえるかもしれない。ちなみに鉄製のこの作品は触っても、上に乗っても大丈夫だそう。
植物に囲まれたハート型の砂像が見えてくる。REMA(レマ)の《The Ecosystem of Love from That Time.》は、日本生命淀屋橋ビル地下1階サンクンガーデンにある。女性として生きるうえで感じる揺らぎや違和感を通して身体やジェンダーに向き合い、自分自身をサンプルにして作品制作を行っている作家だ。元々考古学に興味があったという彼女は、古代からのシンボルである「ハート」と時間の流れを象徴する「砂」を組み合わせた。砂像に描かれているドローイングは、彼女の日常の断片を地図のように起こしたもの。本作品は、表面・精神・身体の3つの柚を反復しながらイメージとしてアウトプットし、様々なマテリアルヘと昇華させている。
今回のMICUSRATの特徴として、会場提供先として、共鳴してくれた企業の力も大きい。REMAの作品に関しては、大林組の協力体制もあったという。企業ビルに文化芸術が置かれることに対して、彼女から喜びの声も寄せられたそうだ。
ダイビル本館は、大大阪時代のシンボル・旧ダイビル本館の名残を感じられる建築物のひとつだ。1〜6階までの下層階に、旧ダイビルのファサードを復元させているのがその特徴で、伝統のネオロマネスク様式の内装も見どころだ。作品と合わせて楽しめるだろう。
渋田薫の作品の特徴としては、音を聞き、即興で描くというスタイルと、彼自身が共感覚を持っているということだ。共感覚とは、何かしらの感覚刺激を受けたときに、別の感覚が引き起こされる現象のことで、音を聴くと色が見えたり、五感が入り交じったりすることを指す。共感覚が出てくる時間帯になると、作品制作を始める。
ダイビル本館1階エントランススペースにある《Singin' in the Rain》は、その名の通り、ミュージカル映画「雨に唄えば」を聴きながら描かれたものだ。優しくポップな、見ているだけで心が躍るよう。横長のキャンパスに踊るように描かれたさまざまな形は、見るものの想像力を膨らませる。「形」「色」「素材」を通じて、多様な感覚を具現化し空間に構成する。そしてそれを時間軸の中で循環させることで、鑑賞者に新たな感覚の交感を促し、独特の「交響する環境」を創出している。
同ビル2階屋外スペースには、山々へ喜びを捧げるテノールの歌声を表現した《Tenor》。色使いや濃い縁取りなど、1階の作品と見比べるとその違いは歴然だ。音楽と視覚芸術の境界を探る革新的な作品といえる。渋田が製作時に聴いていた音を想像してみるのもいいだろう。
渋田の作品と同エリアにあるのが、大谷陽一郎の《はん/えい#1》だ。今年のMICUSRATのテーマ「はんえい」に基づいた視覚芸術作品で、中心に据えられた「繁栄」「反映」といった概念を視覚化するために、雫が水面に落ち、同心円上にたゆたう波紋をモチーフにしている。遠くから見る時と近寄って見る時と見え方が変わってくるのが、自分の焦点がずれていくような心地よさがある。頭上にある空の雲が作品に映り込むのもユニークで、屋上という設置場所の利点が存分に生かされている。
ほかにも中之島フェスティバルタワー・ウエスト3階オフィスエントランスホールにも彼の作品がある。《はん/えい#1》《はん/えい#3》はどちらも、「はん」と「えい」と発音する約50種類の漢字が、フォントの種類とともにランダムに配置されている。既存の言葉の意味を超えて、あらゆる漢字が形として観賞者の視線のなかで出会うことで、新しい意味や多様な感覚が生まれる場にしたいと大谷はコメントする。
ダイビル本館から北西に徒歩約8分にある、堂島リバーフォーラムへ。オーストリアのArs Electronica(アルスエレクトロニカ)などとのコラボレーション経験もある、建築や写真、グラフィック、プログラム等様々なバックグラウンドを持つメンバーから成るデザイングループ・void(ヴォイド)による《transitory images》。本作はLEDビジョンの前面に、穴の空いたスクリーンを配置した際に感じるスクリーン越しのイメージ体験を、映像空間に持ち込んでいる。デジタルテクノロジーを通して、物理的な鑑賞体験ではない、新たな視覚パターンを体験できる仕掛けとなっている。
中之島フェスティバルタワーの地下1階、路面に展示されているのが、檜皮一彦の《HIWADROME_Type△_SPEC3》だ。作品の中心にある三角形の構造物は、反転した車いすを70台積み上げて構築されている。この作品はガラス越しに閲覧するものとなっている。これは、中は見えるけど入れないガラスと車いす利用者からしか見えない風景(目線)を掛け合わせて、社会における障壁や偏見、そして人々の固定観念を表現している。彼自身の日常的な移動手段である車いすを素材に用いることで、個人的な経験を普遍的なメッセージへと昇華させている。
千葉市(幕張)エリアでも8月25日までは大型アート展示が楽しめる。「Double Fantasy ―かさなりあう幻想―」。昼夜の変化も見ながら都市空間に重なる非日常から感じ、様々な「気づき」を得られるだろう。
MICUSRATは、昨年7月に採択された文化庁・関西広域連合・関西経済連合会・文化庁連携プラットフォーム共同宣言「文化の力で関西・日本を元気に」が、ベースとなって推進されたプロジェクトだ。都市型音楽フェスティバル「SUMMER SONIC」との連携も今年で3年目となる。
文化庁長官の都倉俊一は、「国としてアートを応援していきたい。多様な日本の文化活動において、アーティストがいかに世界に進出できるかが勝負。日本のアーティストが世界の土俵に立ってもらえる機会を、国が作らなければいけない」と述べた。世界的なカルチャービジネスを育てるために、音楽も大きな要素だという話題も出た。文化庁では、官民一体となって日本の文化芸術の国際発信とグローバル展開に、ビジネスの観点を取り入れて戦略的に取り組むCBX(Cultural Business Transformation)に力を入れており、アートだけではなく、音楽も文化芸術の柱として支援していきたいと考えているようだ。
2025年の大阪・関西万博も視野に入れて、関西全体として日本の文化芸術の発展に一層力を入れていこうとする、文化庁の意気込みが感じられるプロジェクトだ。今後の展開に期待したい。