美術館の展示室に並ぶ美術品。それらはもともとどのような状況で生まれ、どのように扱われてきたのか? 美術品がかつて在ったその時々の場を想像し、体感する展覧会「空間と作品」が、アーティゾン美術館で7月27日から10月14日まで開催される。
本展では、モネ、セザンヌ、藤田嗣治、岸田劉生、琳派による作品や抽象絵画まで、古今東西の様々な分野の作品からなる石橋財団コレクションの144点が美術館の3フロアを埋め尽くす。アーティゾン美術館で初公開となる作品も登場する。
6階展示室を入ると、まず最初に待ち構えているのが、円空の木彫りの仏像だ。江戸時代の修行僧であった円空は、全国を行脚して、その土地ごとの風土や暮らしとつながりのある仏像を制作した。この展示室のセクションは「祈りの対象」と名付けられており、人々の心の拠り所としての仏像の存在に着目するねらいがあるという。
つづいて赤い壁面に囲まれた部屋では、カミーユ・ピサロによる四季を描いた連作絵画が冬・春・夏・秋の順で展示されている。
アーティゾン美術館で初公開となるこの作品群は、フランスの銀行家の依頼で描かれたもの。パリ郊外にある別荘のダイニングルームに飾る絵として、そこに相応しい「四季図」の制作を頼まれたピサロは、季節ごとに様々な表情を見せる豊かな田園風景を描いた。展示室中央のテーブルは、この4枚の絵画が飾られたダイニングルームの空間や依頼主に思いを馳せながら鑑賞してほしいとの思いで置かれている。
ピカソの名作《腕を組んですわるサルタンバンク》も今回の出展作品のひとつ。ピカソが本作を描いたのは約100年前の1923年だが、そこから石橋財団のコレクションになった1980年までの約60年間にこの作品はどのような持ち主の手を渡ってきたのか?
本作を所有したひとりが、キーウ生まれの世界的ピアニスト、ウラジミール・ホロヴィッツだ。1940年にアメリカに拠点を移した彼は、本作を居間に飾っていた。居間にはピアノが2台あり、そこで演奏の録音もされていたという。
「この絵を見て、ホロヴィッツは何を思って演奏していたんだろう? どんなプライベートな時間を過ごしていたんだろう?といった想像を膨らませることができるのではないか。持ち主の気持ちを想像しながら見てみるのもひとつの楽しみ方としてあるのではないかと思っている」と、アーティゾン美術館の平間理香学芸員。ここでも作品を座って眺められるよう、椅子が配置されている。
壁そのものや建具に施された絵など、建物の一部としてつくられた作品も空間に大きな影響を与える。江戸時代の絵師・円山応挙の襖は、今回、大広間をイメージした畳が敷かれた空間のなかに展示されている。
畳の上には靴を脱いであがり、描かれた子犬たちや引き手の部分などの細かな部分を間近で見ることができる。ガラスケースなどの遮るものがない状態で作品を鑑賞できる貴重な機会だ。昔の日本家屋のように襖に横方向から外光が入る様子を再現すべく、照明も上からではなく、襖に対面するよう正面に設置されている。この照明は、美術館がある場所の太陽の動きにあわせて光が微妙に変化する装置になっているという。
さらにインテリアスタイリスト・石井佳苗の協力のもと、様々な美術品を現代のインテリアとともに組み合わせて演出した空間も登場。一人がけソファとランプの横に飾られた佐伯祐三の絵画、イタリアを代表するデザイナーのエットレ・ソットサスによるサイドボードやチェストと山口長男の絵画など、日常の風景のなかに溶け込むことで作品たちが新たな表情を見せる。
ロバート・ライマンの白く塗られたキャンバスと、ソットサスによるトーテムが同じ空間に存在する展示室は、作品と空間という2つの要素に介在する「人」の存在にも着目。白い壁に同化して見えるような作品と、シンボリックな作品を両極端のものととらえ、そのなかに存在している鑑賞者が作品と新たな関係性を築くことをねらいとしている。
主に空間との関係に目を向けた6階の展示に対し、5階は作品の持ち主、4階は額縁をはじめとする作品の周囲にあるものにフォーカス。
5階では、冒頭の展示室で青木繁の創作に影響をおよぼしてきた友人たちが所蔵していた作品群を展示。つづく古賀春江の《遊園地》《素朴な月夜》は、小説家・川端康成の旧蔵品で、《素朴な月夜》は床の間に飾って鑑賞していたそう。
ほかにも、アーティストでありアートディーラーとして自身のギャラリーで同時代の作家たちを売り出したベティ・パーソンズが所蔵していたジャクソン・ポロックの作品、「松方コレクション」を築いた松方幸次郎旧蔵のマネの自画像、さらにはメアリー・カサット、ヴァシリー・カンディンスキーといった作家の作品も、かつての持ち主や関与した人物の情報とともに展示されている。
なかにはマイクロソフト共同創業者ポール・アレンが所蔵していたジョージア・オキーフの絵画や、モダニズム建築の巨匠ミース・ファン・デル・ローエが所蔵していたパウル・クレーの絵画など意外な持ち主の名前も。
またこのフロアでは、画家の作品とその作家が所蔵していた作品が並べて展示されているのも特徴。海老原喜之助の作品と、彼が所蔵していたピカソの彫刻などがセットで設置されている。さらには古代彫刻、筑前藩主の黒田家が所蔵した雪舟《四季山水図》など、まさに古今東西の作品一同に介している。
4階では、画面を支持して守るだけでなく、画面と空間をつなぐ存在しての額縁や表装裂(表具に使われる布)に注目。
最初の展示室にずらりと並ぶマティスの作品も、様々な額縁に支えられている。娘をモデルにした《麗子像》で知られる岸田劉生は、「劉生縁」という呼称があるほど額物にこだわったという。藤田嗣治は自ら額縁を制作したことでも知られている。
また古美術の表具に注目した展示室には、鈴木其一が表装部分、師匠の酒井抱一が中を描いた掛け軸や、昨年の修復時に表装の見直しを行ったという《鳥獣戯画断簡》、さらには豊臣秀吉の書翰も公開。
また、モネ、レンブラント、シスレー、コローらの作品が並ぶ展示室では、彼らの作品を通して、多様な額縁の様式を紹介。さらに、ロートレックやジャコメッティらの作品など、美術館側で額を新調した作品についても、その背景解説とともに展示されている。
なおアーティゾン美術館では、本展よりリニューアルした、新たな美術館公式音声ガイドアプリの提供を開始。新しいアプリでは画像認識技術を取り入れ、鑑賞者がQRコードなどではなく、作品に直接カメラをかざすことで、音声ガイドを視聴したい作品を選択できる。
本作の展示作品はすべて石橋財団のコレクションで構成されている。作品そのものではなく、その誕生背景や継承の歴史、展示空間に着目することで、コレクションに新たな光を当てる試みだ。制作の依頼主はどんな人だったのか、自分だったらどのように飾るか、など想像を膨らませながら美術館を巡ってほしい。