彫刻の森美術館本館ギャラリーを会場とする「舟越桂 森へ行く日」展は、4章で構成されている。1階の展示室1のテーマは「僕が気に入っている」。展示を担当した同館主任学芸員の黒河内卓郎は、舟越のアトリエを訪ねた際の「子供の秘密基地のような居心地の良さ」に感銘を受け、作家のアトリエを再現して展示の導入とした。
展示室2のテーマは「人間とは何か」。舟越はあるとき、山と対峙し、山が自分の内側に入ってくるような感覚を味わったことがあるのだという。そのときに考えたのが、人間の想像力は山よりも広く壮大で、人間とは山ほどに大きな存在だということ。その体験をもとに生まれた《山と水の間に》(1998年、下の写真に写る立体作品)などで展示が構成されている。
2階の展示室3が、本展のメインの展示だ。「心象人物」。一貫して人間の存在をテーマにしながら、様々に変容を遂げる自身の作品を作家が評した言葉がテーマとなっている。
舟越の代表的なモチーフのひとつがスフィンクスだ。あるときに読んだ小説で、「世界を知るとは?」というスフィンクスの問いかけに、「自分自身を知ること」と少女が答える場面に感銘を受けたことが契機となってスフィンクスを手がけるようになったという。透徹した目線で人の過ちを見つめ、それを咎めるのではなく、嘆き、怒りとも悲しみともつかない感情が立ち現れる。《戦争を見るスフィンクスII》からは、人間の愚かさを断罪するのではなく、過ちを受容する、それが正されるのを待つ、そんな舟越の意識が感じられる。
展示室4は、1997年に出版された『おもちゃのいいわけ』という1冊の本がテーマ。家族のために作ったおもちゃの写真と舟越の言葉を収録したこの本が、本展を機に増補新版として刊行されることとなり、ここではおもちゃとドローイングが展示されている。
順路をたどり、展示室1に戻ってきて最後に出会う作品は、舟越が病室の窓から見える雲をきっかけに手がけた「立てかけ風景画」のシリーズだ。厚紙に描いたドローイングを食事に出たヨーグルトのカップに立てかけたこのシリーズには、亡くなる直前まで衰えなかった舟越の創作意欲が投影されている。
本館ギャラリーの向かいの建物では、「彫刻の森美術館 名作コレクション+舟越桂選」と題し、彫刻の森美術館が所蔵する名作の数々と、舟越が選出した現代の作家5名(三木俊治、三沢厚彦、杉戸洋、名和晃平、保井智貴)の作品が合わせて展示されている。
遠くを見つめる目線。舟越桂が手がける人物像の大きな特徴のひとつだ。「舟越桂 森へ行く日」展の展示室1のモニターに流れているドキュメンタリー映像のなかで、「どこから見ても作品の人物と視線が合わない、と鑑賞者に言われることがある」と舟越は話している。なぜそう言われるか、考えてみたという。そのときに思いついたのが、一番遠くを見るとは、自分自身を見ようとしていることではないかという答え。何かを見ようと遠くに向ける視線とはつまり、自分の内面に向けられた視線ではないのかと。
視線を合わせてくれない舟越の作品。しかし、じっと作品を見つめていると、いつしか自分の内面に目を向けているような感覚に浸っているはずだ。彫刻の森に足を運び、静かに自分と向き合うような彫刻体験を味わってほしい。