公開日:2024年4月5日

「ホー・ツーニェン エージェントのA」(東京都現代美術館)レポート。東南アジアと日本の歴史、「時間」の複層的な在り方を描き出す映像インスタレーション

会期は4月6日〜7月7日。シンガポールを拠点に国際的に活躍するアーティストの初期作から新作までが集まる個展。

会場風景より、《時間(タイム)のT》(2023)

人気アーティスト、ホー・ツーニェンの個展が東京で開催

東京都現代美術館で、シンガポールを拠点に活動するアーティストの個展「ホー・ツーニェン エージェントのA」が開催される。会期は4月6日〜7月7日

会場風景

ホー・ツーニェンは、1976年シンガポール生まれ、同地在住。東南アジアの歴史的な出来事、思想、文化などに独自の視点から切り込む映像やヴィデオ・インスタレーション、パフォーマンスを制作してきた。近年国際的にもっとも注目されている作家のひとりであり、2011年には第54回ヴェネチア・ビエンナーレのシンガポール館の代表を務めた。日本でも東京都現代美術館のグループ展などでの作品発表に加え、「あいちトリエンナーレ2019」の《旅館アポリア》(2019)、山口情報芸術センター[YCAM]での「ヴォイス・オブ・ヴォイド—虚無の声」(2021)、豊田市美術館での「百鬼夜行」(2021)など個展や新作発表の機会が続き、大きな話題を呼んできた。

本展の企画を担当した同館学芸員の崔敬華によると、YCAMから《ヴォイス・オブ・ヴォイド—虚無の声》を東京でも見せたいという希望を受けたことから本展へと発展。《ヴォイス・オブ・ヴォイド—虚無の声》は1930〜40年代の日本の思想界で大きな影響力を誇った「京都学派」をテーマにしたもの。なぜシンガポール出身のホーが戦前戦中の日本の哲学者たちに興味を持ったのか。その根底にはホーのアジアの歴史に対する継続的な関心と創作を通したアプローチがある。本展は、最初期の作品から最新作まで6点の映像インスタレーション作品を通して、こうした作家の一貫性や変遷を紹介するものだ。

内覧会にて、右からホー・ツーニェン、田村かのこ(通訳)

東南アジアを描写するAからZまでのキーワード

本展タイトルは「エージェントのA」だが、これは2012年に始まった作家のプロジェクト「東南アジアの批評辞典」と関連している。

最初の展示室にあるプロジェクトのオンラインプラットフォーム《CDOSEA(東南アジアの批評辞典)》(2017〜)は、東南アジアに関連するAからZまでのキーワードとイメージが、アルゴリズムによって都度組み合わされ、東南アジアの多層性、複数性を描き出す。

会場風景より、《CDOSEA(東南アジアの批評辞典)》(2017〜)

ホーは内覧会で、「東南アジアの批評辞典」というアイデアについてこのように説明した。

「『東南アジアの批評辞典』は、26のアルファベットの項目で構成される作品です。TはタイガーのT、Uはウタマ(シンガポールの建国者だと考えられている人物)のU……など、(各キーワードになるのは)この地域を多様な視点から見るために私が活用した存在たち。このプロジェクトをやろうと思ったのは、『東南アジア』とは何かということを考えてみたいと思ったからです。東南アジアは様々な宗教があり、共通する言語もなく、異なる政治システムによる国々の集まりなのに、なぜまとめて『東南アジア』と呼ばれるのか。

東南アジアという言い方は、この地域にはもともと存在しませんでした。この言葉が使われるようになったきっかけは、第二次世界大戦中に連合軍が、この地域における日本の占領を退けるための作戦上の用語として使い始めたことです。私は日本によるアジアの植民地支配にも興味を持っていて、そうしたリサーチが《ヴォイス・オブ・ヴォイド—虚無の声》へとつながりました」(ホー)。

時間への関心

会場風景より、《時間(タイム)のT》(2023)

近年ホーは、時間というものへの関心を高め、作品制作を行っている。この新たな展開が結実した新作《時間(タイム)のT》(2023)は、2面のスクリーンによる映像インスタレーション。

会場風景より、《時間(タイム)のT》(2023)
会場風景より、《時間(タイム)のT》(2023)

奥には作家が発掘した過去の様々な場面や映画など素材となる映像が映され、手前にはその引用元をアニメーション化したものが投影される。多様なイメージや物語の断片が、アルゴリズムによって次々と現れる。そこには素粒子から、地球上の生命の寿命、そして宇宙へと至る様々なレベルの時間が示唆されており、時間や経験に関する問いを投げかける。

会場風景より、《時間(タイム)のT:タイムピース》(2023)
会場風景より、《時間(タイム)のT:タイムピース》(2023)

もうひとつ時間を扱うもので、《時間(タイム)のT:タイムピース》(2023)という42点の映像からなる作品群がある。映像は時計や、バイクのヘルメットに映る景色の変化、成長しては枯れるひまわりなど、いずれも様々な尺度の時間を感じさせるものだ。光子や惑星のような科学的なイメージもあれば、蝋燭の火やヴァニタス(生のはかなさ、現世の虚しさ)を表現する静物画など、美術史的なイメージも登場し、各映像はそれぞれの長さでループしている。

会場風景より、《時間(タイム)のT:タイムピース》(2023)
会場風景より、《時間(タイム)のT:タイムピース》(2023)
会場風景より、《時間(タイム)のT:タイムピース》(2023)
会場風景より、《時間(タイム)のT:タイムピース》(2023)

ほかにも、ひとつの展示室で2つの映像作品が交互に上映されるなど、本展は訪れるタイミングでそれぞれ見られるものが異なる。ここにも作家の狙いがある。

「時間というテーマは、作品だけでなく展覧会の構造そのものにも大きく関わっています。美術展ではひとつのところにひとつの作品があるのが常識ですが、今回は実験として、とどまるものがなくつねに変化している展示室にしました。時間によって見られるものが違う構成になっています。シンガポールの店舗では『BUY 1 GET 1 FREE』(1つ買えばもう1つは無料)というシステムがありますが、そんな感じで見てもらえればいいんじゃないか、もしくはバーのハッピーアワーみたいな感じで見てもらえたらいいんじゃないか、と思っています。

会場風景より

同じ展示室で交互に上映される作品は関連し合うものになっているので、その作品同士の関係を考えながら見てもらえたら嬉しいです。観客はクリエイティブなパートナーであり、皆さんの想像のなかで作品が再制作、共作されることで私の作品は完成するものだと考えています」(ホー)。

VRで出会う、太平洋戦争期の哲学者たち

《ヴォイス・オブ・ヴォイド―虚無の声》(2021)の展示風景。鑑賞者はVRのヘッドセットを付けて鑑賞する(要予約)

《ヴォイス・オブ・ヴォイド—虚無の声》は本展の後半に登場。VRを用いた作品で、鑑賞者はヘッドセットをつけて、座る・寝転ぶ・立つという動作を行うことでいくつかの仮想世界を行き来する。中心となる舞台は、「京都学派四天王」と呼ばれた西谷啓治、高坂正顕、高山岩男、鈴木成高が、真珠湾攻撃の直前の1941年に語り合った座談会「世界史的立場と日本」の現場だ。鑑賞者は速記者の立場に身を置き、議論を交わす4者と「左阿彌の茶室」で同席する。

会場風景より、《ヴォイス・オブ・ヴォイド―虚無の声》(2021)
会場風景より、《ヴォイス・オブ・ヴォイド―虚無の声》(2021)

扱われている思想や歴史は複雑で重く簡単に咀嚼できないが、アニメーション等を交えたポップなヴィジュアライズやサウンドの力で鑑賞者を巻き込むホーの真骨頂を体感できる。

複数の映像インスタレーションとVR作品(要申込、30分入替制)で構成されている本展。詳細は公式サイトを確認のうえ、足を運んでほしい。

またTokyo Art Beatでは、ホー・ツーニェンのインタビューも近日公開予定。こちらもお楽しみに!

会場風景より、《時間(タイム)のT:タイムピース》(2023)

福島夏子(編集部)

福島夏子(編集部)

「Tokyo Art Beat」編集長。『ROCKIN'ON JAPAN』や『美術手帖』編集部を経て、2021年10月より「Tokyo Art Beat」編集部で勤務。2024年5月より現職。