公開日:2024年8月28日

「ヘラルボニー・アート・プライズ 2024 展覧会」(三井住友銀行東館1階アース・ガーデン)レポート。福祉を起点に文化を生み出すヘラルボニーが海外にも広がりを見せる

福祉をアートと結びつけて発信を続ける株式会社ヘラルボニー。2024年に芸術賞「HERALBONY Art Prize」を創設し、初となる公募制のコンペティションを実施。グランプリほか各受賞作品を含め、最終審査に選出された全62作品の展示をレポートする

会場風景 撮影:筆者

おもに知的障害のある作家とライセンス契約を結び、シャツやジャケットなどのオリジナル商品、企業のアメニティなどのデザイン、パブリックアートなどに作家たちの作品を展開するヘラルボニー。代表取締役Co-CEOを務める双子の兄弟、松田文登と崇弥は、4歳上の兄である翔太が重度の知的障害を伴う自閉症であり、「かわいそう」と見られることへの違和感が発端となり、新たな価値や文化の創造を目指す企業ユニットとして2018年より活動を開始した。

ミッションは、「異彩を、放て」。障害のある作家たちによるアール・ブリュット作品、その作家たちを「異彩」と称し、作品の魅力を多くの人々に届けることで社会的な偏見を取り除こうと試みる。今年の5月には、ヘラルボニーの契約作家のアートピースをシャツやバッグに装着させ、入れ替えながら楽しめるブランドライン「HERALBONY ISAI」を立ち上げるなど、その展開領域は着実に広がっている。

2024年5月に開催された「HERALBONY ISAI」展示会の様子 撮影:筆者
シャツに施された「額縁」に、好きなアートピースを額装するイメージでスタイリングを楽しめる。画面右手に展示されているのがアートピースの原画 撮影:筆者
シャツやバッグにアートピースを額装し、「アートを身にまとう」。人とアートの関係性を変える新しい衣服の提案だといえる 撮影:筆者

このたび、芸術賞「HERALBONY Art Prize」を創設し、「異彩の日」である1月31日から3月15日まで公募を実施。国籍も年齢もプロフェッショナル/アマチュアも制限なく、世界中の障害のある表現者を対象とする。多様なスタイルや技法で手がけられた作品の数々が、より多くの鑑賞者の目に触れることを目指すこのプライズには、世界28ヶ国から約2000点に及ぶ作品の応募があったという。もともとつながりのある海外の施設に直接コンタクトをとるなど、まさに手弁当で募集を行うことでこれだけの応募があったというから、嬉しい誤算だったことだろう。

審査員には、金沢21世紀美術館チーフ・キュレーター/ヘラルボニー アドバイザーの黒澤浩美、東京藝術大学長でアーティストの日比野克彦、LVMHメティエダール ジャパン ディレクターの盛岡笑奈、フランスのアール・ブリュットを専門とするギャラリー クリスチャン・バーストのディレクターであるクリスチャン・バーストの4名が迎えられ、厳正な審査を経て62作品が選出された。9月22日まで三井住友銀行東館ライジング・スクエアで開催中の「ヘラルボニー・アート・プライズ 2024 展覧会」には、グランプリや各受賞作品も含む計62点が集結する。

「HERALBONY Art Prize2024 EXHIBITION」会場風景より、グランプリ受賞作 浅野春香《ヒョウカ》(2024)撮影:筆者

20歳で統合失調症を発症後、入退院を繰り返す浅野春香による《ヒョウカ》がグランプリを受賞。29歳で絵を本格的に描き始め、「評価されたい」という以前まで恥ずかしいと思っていた欲求を「素直な気持ちの表れ」と捉え直したことで名付けた作品だ。支持体は、切り広げた米袋。満月の夜の珊瑚の産卵をテーマに、満点の星空や宇宙、満月などのモチーフを緻密に描いた。距離をおいて作品全体を鑑賞し、徐々に目線を細部にフォーカスしていくと、大小さまざまな円環の連なりに宇宙と生命の広がりが浮かび上がってくるような没入感が生まれる。時間をかけて味わいたい作品だ。

会場風景より、グランプリ受賞作 浅野春香《ヒョウカ》(2024)部分 撮影:筆者

4名の審査員が選出した審査員特別賞受賞作には、審査員それぞれの視点が反映され、モチーフもメディアも異なる作品が並ぶ。妖怪などが楽しく生きる空想の世界と現実世界とを接続し、自在にエピソードを紡いでいく鳥山シュウ、スマートフォンで撮影した1枚の写真を画像編集ソフトで抽象化し、別で撮影した写真を合成することで写真ならではの「現実と創造力の交差」を実現するisousin。日比野克彦は、視覚障害のあるアーティストS. Proskiの作品を「こんな作品を私も作りたいと素直に思った」と讃え、クリスチャン・バーストは、スーザン・テカフランギ・キングの作品にあるリズム感を評価する。

会場風景より、画面手前より左側に並ぶ4点が審査員賞受賞作品。左手の黒い画面の作品は、盛岡笑奈が選出した鳥山シュウ《ウガンダ(黒)》(2023) 撮影:筆者
会場風景より、日比野克彦賞:S. Proski(アメリカ)《Untitled》(2023) 撮影:筆者
会場風景より、黒澤浩美賞:isousin《落書き写真(タイル状の壁)》(2024) 撮影:筆者
会場風景より、クリスチャン・バースト賞:スーザン・テカフランギ・キング(ニュージーランド)《Untitled, Ref: A20113》(c. 1965-1967) 撮影:筆者

プライズの協賛企業7社が授賞したのは、各社名を冠した企業賞(東京建物|Brillia賞、sangetsu賞、JR東日本賞、JINS賞、丸井グループ賞、JAL賞、トヨタ自動車賞)。社員全員へのアンケートを実施して選出した企業もあるように、各社が能動的にプライズに関わり協賛していることが伝わってくる。

会場風景より、壁面の3点は企業賞受賞作品 撮影:筆者
会場風景より、丸井グループ賞:フラン・ダンカン(イギリス)《Blue Marble》(2023) 撮影:筆者
会場風景より、JAL賞:水上詩楽《タイトル不明》(2023) 撮影:筆者

多くの公募展同様、受賞作品のみが優れた作品だというわけではない。作家それぞれのイマジネーション、情熱、技術など、個性を感じながら展示全体を楽しんでほしい。コンセプチュアルで理性を刺激するアート作品とは異なる、感性や直感に裏付けられた表現の強い吸引力を感じさせる作品と出会えるはずだ。

会場風景より 撮影:筆者
会場風景より、西川泰弘《ラスト》(2018)部分 撮影:筆者
会場風景より 撮影:筆者
会場風景より 撮影:筆者

ヘラルボニーは今年、LVMHが世界の有望なスタートアップ企業を見出し、評価するLVMH Innovation Award 2024」を受賞した。この夏から初の海外拠点をフランス・パリに設置し、さらに海外とのネットワークを強め、広げていくに違いない。期待を持ってその活動を見届けていきたい。

中島良平

中島良平

なかじま・りょうへい ライター。大学ではフランス文学を専攻し、美学校で写真工房を受講。アートやデザインをはじめ、会社経営から地方創生まであらゆる分野のクリエイションの取材に携わる。