アンリ・マティス(1869〜1954)の個展「マティス 自由なフォルム」が東京・六本木の国立新美術館で開催される。会期は2月14日〜5月27日。もともと2021年に予定されていたものの、新型コロナウイルス感染拡大の影響による開催延期を経て、満を持しての開幕となる。
昨年、東京都美術館で開催された「マティス展」も記憶に新しいが、本展はまた異なる切り口の展覧会だ。中心となるのは、マティスの「切り紙絵」。そして、晩年に手がけた最高到達点と名高い、ロザリオ礼拝堂の内部空間の再現展示が行われる。いずれもマティスの後半生における仕事だが、それは本展がニース市マティス美術館の全面強力のもと開催されることと関係がある。1917年、48歳の誕生日目前に初めて訪れて以来、幾度かの滞在を経て、マティスが後半生の住まいを構えたのがニースだった。
本展の出品作は約90%が同館のコレクション。切り紙絵に加え、絵画、彫刻、版画、テキスタイル等の作品や資料、約150点を紹介する。
本展の構成は緩やかな時系列順になっている。前半は、初期のパリ時代に始まり、フォーヴィスムの時代、南フランスの時代、そしてマティス美術館のコレクションの一翼を担う彫刻作品が並ぶ。企画を担当した国立新美術館主任研究員の米田尚輝は、構成についてこのように説明する。
「今回は2つのグループに分けて展示を行いました。まずひとつは絵画と彫刻の影響関係。マティスは、しばしば絵画と彫刻で同じモデルや主題を試みていました。もうひとつは連作のシリーズです。マティスはシリーズの中で、少しずつ変更を加えながら作品を制作していきました」
ニースに到着してからのアトリエの様子を伝える展示も興味深い。マティスは様々なオブジェを収集し、ニースに構えたアトリエ兼アパルトマンに劇場ふうに配置した。本展では肘掛け椅子などのオブジェや、それらのオブジェが描かれた絵画作品が展示されている。
61歳を迎える1930年、マティスは実業家のアルバート・C・バーンズに壁画《ダンス》の制作を依頼された。本展ではこの依頼に伴う一連の《ダンス》の習作が展示され、また壁画をやや縮小したサイズでプロジェクターで壁に投影している。
この《ダンス》は切り紙絵にフォーカスする本展において、重要な位置を占めると米田は語る。
「《ダンス》は巨大なコンポジションだったので、構図を調整するにあたり、描き直しが非常に大変でした。そこでマティスは切り紙絵を使い始めます。切り紙絵によって微妙な構図を素早く行うことができるようになりました」
続く「第4章 自由なフォルム」がいよいよ本展の白眉だ。1940年代、70代を迎えたマティスがたどり着いた新たな技法、それが「切り紙絵」だった。
41年に腸の手術を受け、その後体調が悪化。さらに43年、ニースが空爆の危機にあったことから近郊の街ヴァンスへと疎開したマティス。切り紙絵の手法が生み出されたのは、こうした体調をはじめとする様々な制約のなかでだった。しかし結果的に、切り紙絵は、それまでマティスが制作にあたり長年頭を悩ませていた「デッサンと色彩び永遠の葛藤」に決着をつける、自身の芸術の「到達点」となった。
本展では切り紙絵による重要作『ジャズ』『ヴェルヴ』をはじめ、大型の《クレオールの踊り子》(1950)、そして傑作《ブルー・ヌードIV》(1952)が展示される。
今回の見どころのひとつは、本展のためにフランスでの修復を経て日本初公開される大作《花と果実》(1952〜53)だ。
本作は、アメリカ人コレクターから中庭を飾る陶板絵による大型壁面装飾の依頼を受けたマティスが、その構想を練るなかで制作した切り紙絵によるマケットのひとつ。5枚のキャンバスを使った縦4.1m、横8.7mに及ぶ大作で、花と果実の形態が様々な色で反復されている。こうした形態の変容や交換、配置の変更などにあたって、容易に手繰ることができる切り紙絵の手法は非常に効果的だった。
数年の疎開生活を送ったヴァンスで、マティスは建築空間やデザイン・装飾、絵画や彫刻といった自身の芸術のすべてを統合する最高傑作「ロザリオ礼拝堂」を手がけた。1947年にドミニコ会の修道士から建設の相談を受けたことをきっかけに、礼拝堂のためのステンドグラス、陶板壁画、告解室の扉、磔刑像、司祭服、儀礼用装身具などを制作。51年に献堂式が行われたが、マティスは体調不良で出席が叶わなかった。
本展ではこの礼拝堂の内部空間が再現され、光と影が織りなす美しい空間を体験することができる。日が昇ってから暮れるまでの太陽の動きが再現され、ステンドグラスを透過して差し込む青と黄の光が白い室内を滑るように移動する。刻一刻と表情を変える空間の姿をぜひ味わってほしい。
そのほかカズラ(上祭服)のための美しいマケットの数々などにも注目だ。
内覧会では、本展アンバサダーを務める俳優・安藤サクラが登場。カンヌ国際映画祭へ参加した際、隣町であるニースで過ごした際にマティス作品を見た経験などを語った。
そして本展はグッズも充実。詳細はこちらの記事で紹介しているので参考にしてほしい。
【Tokyo Art BeatのYouTubeチャンネルでは、本展を紹介するムービーを公開中!】
福島夏子(編集部)
福島夏子(編集部)