公開日:2024年9月20日

DIC川村記念美術館、休館前最後の展覧会。「西川勝人 静寂の響き」レポート

ドイツを拠点に活動する西川勝人(1949~)の国内美術館として初めてとなる回顧展。彫刻、写真、絵画、素描、インスタレーションなど74点が集まる。

会場風景より、手前が《根》(1994) ©︎ Katsuhito Nishikawa 2024

作家にとって日本初の回顧展

美術館運営見直しのため、2025年1月下旬より休館となることが決定したDIC川村記念美術館。同館で、休館前最後となる企画展「西川勝人 静寂の響き」がスタートした。会期は9月14日〜2025年1月26日。企画担当は前田希世子(DIC川村記念美術館学芸グループ学芸員)。

美術館外観

西川勝人は1949年東京生まれ。美術を学ぶため、関心を寄せていたバウハウス誕生の地ドイツに23歳で渡り、ミュンヘン美術大学を経て、デュッセルドルフ美術大学でエルヴィン・へーリッヒに師事。1994年以降、ノイス市にあるインゼル・ホンブロイッヒ美術館の活動に参画し、美術館に隣接するアトリエを拠点に活動。自然との融合を意識したプロジェクトや、彫刻、平面から家具まで、異なる造形分野を横断しながら制作。シンプルな構造と簡素な素材を用い、光と闇、その間に広がる陰影について示唆に富んだ作品を生み出し続けている。現在はハンブルグ美術大学名誉教授として後進の指導にもあたる。デュッセルドルフ市文化奨励賞受賞。(*1)

会場風景より、手前が《根》(1994) ©︎ Katsuhito Nishikawa 2024

本展には、タイトル「静寂の響き」が示す通り、非日常へ誘うような静謐で瞑想的な作品が揃う。さらに、美術館では珍しく自然光がふんだんに取り入れられることで、作品の魅力が多彩に引き出されている。展示作品は計74点。作品に集中できるよう空間からは作品キャプションが取り除かれているため、配布されるハンドアウトを片手に作品を鑑賞してほしい。

会場風景より、手前が《フィザリス》(1996) ©︎ Katsuhito Nishikawa 2024

自然光で作品の微細な表情を知る

冒頭、カーブを描いたガラス窓から自然光が降り注ぐ空間(Gallery200)では、アクリルガラスとシルバーワイヤーからなる24点1組の《静物》(2005)、クリスタルガラスの立体作品シリーズ「フィザリス」(1996)が来場者を迎える。

会場風景より ©︎ Katsuhito Nishikawa 2024

作家がジョルジョ・モランディからインスピレーションを受けたという《静物》は、ひっそりとして穏やかな色彩が美しい作品。本作について担当学芸員の前田は、「正面だけではなく側面からも見るのがおすすめです。側面を見ると本作がそれぞれ4層の色から構成されていることがわかりますが、色を組み合わせることでどれだけ新しい色を表出できるか」という試行を見て取れると解説する。

《静物》を側面から眺める ©︎ Katsuhito Nishikawa 2024

「フィザリス」は透明度の高いガラスで制作されており、窓の外から降り注ぐ自然光と外の木々とのコントラストが作品に眩い表情をもたらしている。本作のモチーフでもあるホオズキは作家が繰り返し用いるモチーフで、素材や大きさを変え多数制作されてきたという。

会場風景より、「フィザリス」(1996) ©︎ Katsuhito Nishikawa 2024

白で光を表し、濃紺で闇を表す

続くGallery202では、本展開催のきっかけとなった同館コレクションの「無題」(1987)をはじめ、作家の初期彫刻が並ぶ。「無題」は、繊細でありながら厳かな存在感を放つ細長い彫刻作品。白を基調としながらも側面はグレーで彩られているなど、少ない面積の中に微細なグラデーションが含まれている。会場左手の壁に展示されるドローイング群も同様に白のグラデーションや、繊細な色彩のコントラストを楽しめる。

会場風景 ©︎ Katsuhito Nishikawa 2024
会場風景より、《無題》(1987)の一部 ©︎ Katsuhito Nishikawa 2024

西川は活動初期のある時期、光を表す白、闇を表す濃紺という対比を作品に多用したが、2000年代の作品《静寂の響き》(2005〜6)でもそれを見ることができる。本作は光と闇がテーマで、色そのものは主題ではない。作家は色を光の波長としてとらえており、色そのものに興味はない(*2)のだという。

会場風景 ©︎ Katsuhito Nishikawa 2024

迷路のようなメイン空間

今回の展示でもっとも広いメイン空間のGallery203は、驚きの空間になっている。迷路のような構成に加え、天井からは柔らかい自然光が差し込み、太陽や雲の影響で時々薄暗くなったり、明るくなったりと、作品を様々に照らし出す。これまでの空間を知っている人ならなお、その構成に意表を突かれるはずだ。

会場風景 ©︎ Katsuhito Nishikawa 2024
会場風景より、手前が《璧》(2021) ©︎ Katsuhito Nishikawa 2024

迷路を形作る塀(高さ1m、奥行き50cm)はそれ自体が作品《ラビリンス断片》(2024)なのだという。ひとつの大きな正方形を9の区画に等分するような形状になっており、「同じ空間にいながらその全体のなかでめくるめくような体験」(*3)をしてほしいという作家の思いが反映されている。展示室中央に置かれた、胡蝶蘭、バラ、ユリなど7種類の花弁からなる《秋》(2024-25)が放つ、空間に充満する香りもドラマチックだ。

会場風景 ©︎ Katsuhito Nishikawa 2024
会場風景より、《秋》(2024-25)の花弁。「時間を経て形状と色を変える、時間を取り込んだ作品」と前田は解説する ©︎ Katsuhito Nishikawa 2024

塀にそって各作品を鑑賞すると、それぞれの作品が古代建築の構造物のような、あるいは遠い未来の遺構のようにも見え、時空を行き来するような不思議な感覚を得、その感覚の余韻は美術館の外へ出た後も続いた。日常を一時忘れるエアポケットのよう鑑賞体験は、同館の立地や静かで豊かな環境によってさらに強固なものになっている。ぜひ休館前に一度訪れてほしい。

会場風景より、《茎》(2013) ©︎ Katsuhito Nishikawa 2024

なお、美術館の外の池の水面にも作品が展示されているため、こちらも見逃さずに見てほしい。

*1──美術館ウェブサイトより https://kawamura-museum.dic.co.jp/art/exhibition/
*2、3──会場ハンドアウトの解説より

野路千晶(編集部)

野路千晶(編集部)

のじ・ちあき Tokyo Art Beatエグゼクティブ・エディター。広島県生まれ。NTTインターコミュニケーション・センター[ICC]、ウェブ版「美術手帖」編集部を経て、2019年末より現職。編集、執筆、アートコーディネーターなど。