公開日:2024年7月4日

各地域のアーティストはハラスメントや労働環境改善にどう向き合っているのか。「美術に関わる脱中心の実践・2023・報告」レポート

2023年12月、北海道、秋田、鹿児島、広島、沖縄から、アートに関わる人々の権利向上や制作環境改善の取り組みを紹介する会が開かれた

近年、日本各地でアートに関わる人々の権利向上や制作環境改善の取り組みが見られることを受け、2023年12月11日、広島市内にある「加納実紀代資料室サゴリ」にてミーティング「美術に関わる脱中心の実践・2023・報告」が行われた。主催はアーティスツ・ユニオン(*1)。「加納実紀代資料室サゴリ」は長年にわたりジェンダー、植民地主義、広島についての実践を重ねてきた「ひろしま女性学研究所」が運営母体となり2023年3月に開設された場所だ。

この会に参加したのは、HAUS | Hokkaido Artists Union Studies(北海道)、かわるあいだの美術実行委員会(鹿児島)、「アーティストの条件」企画チーム(沖縄)、trunk(秋田)、「サゴリ」に集うひろしま有志の会(広島)の5組(発表順)。モデレーターは小田原のどか(アーティスツ・ユニオン)。

小田原がオブザーバーを務めるアーティスツ・ユニオンは日本初、現代美術のアーティストの労働組合として2023年1月に発足。支部長は村上華子が務める。美術に関わる個人のエンパワメントやアート・ワーカーの活動環境のために結成された「art for all」、小田原が支部長を務め、常勤・非常勤の雇用契約を区別することなく組合員になることができる労働組合「多摩美術大学ユニオン」、あいちトリエンナーレ2019での『サナトリウム』やReFreedom Aichiといったアートワーカーの自己組織化によって起こった活動・運動の延長線上にあると小田原は言う。「こうした動きが各所で起こっているのは偶然ではありません。共通点もあれば差異もあり、どういった困難があるのか、バックラッシュへの対処などを共有できるつながりがいっそう必要になると考え、今回の集いを企画しました」と小田原。

また今回のミーティング名にある「脱中心」については、ファシリテーターの山本浩貴から次のよう話があった。「『脱中心化』というのは、たとえば男性中心的、異性愛中心的、白人中心的なこれまでの美術史をとらえ直していくもの。ただ、脱中心はふたたび新しい中心を作ることではなく、中心とされるものを複数化することです。そんななか、私はこれまでの様々な『脱中心』の取り組みにおいてプラットフォーム自体が脱中心化されているかということを疑問に思っていました。多彩な地域での活動から互いに学び合う今回の取り組みのように、プラットフォームを多様化し、インフラを脱中心化し多様化していくのはすごく意義があると思う。中心ではないとされてきたルールや声や活動がネットワークを作りながら中心的な規範に疑問を突きつけ、批判し、再構築していくのは重要です」と、今回の会の意義を語った。

このレポートでは、約2時間におよんだ各団体の発表内容を紹介していく。

HAUS | Hokkaido Artists Union Studies(北海道)

HAUS | Hokkaido Artists Union Studiesは、北海道のアーティストの自律的な活動のための芸術的・社会的基盤を整えることを目的とした中間支援団体として、2019年にスタート。アーティストがアーティストを支える循環を作りたいというミッションのもと活動している。

具体的な活動内容としては、長期的な相談窓口の設置、アーティストからの声を反映した勉強会、オンライン上でアーティストが交流するArtist Treeというウェブサイトなど。2022年は札幌市の「令和4年度札幌市文化芸術創造活動支援事業」を利用し、アーティストの悩みを金銭的・人的に支援。応募が43件40組あり、結果的に全員採択し、伴走してきた。

2022年にHAUSが行った40組の伴走支援は、心身の悩み、労働トラブル、契約書作成、生活の支援やアドバイスなど多岐にわたり、弁護士など専門家の紹介なども含まれる。

そのいっぽうで、アーティスト同士をつなぐようなネットワーク支援、ミュージックビデオの資金支援も行なった。

現在は、人々が現実の世界で身につけてしまった社会的役割を見直し、様々な視点から次の行動生き方を試むための集団精神療法をベースに、ハラスメントの抑止防止や、ハラスメント事後の被害者と加害者の間の関係改善に向けての働きかけるための準備を始めている。

HAUS共同代表のひとり・羊屋白玉(「指輪ホテル」芸術監督、演出家、劇作家、俳優、ソーシャルワーカー)の当日の発表では、HAUSの活動紹介だけではなく、2019年に札幌市内での選挙応援の演説を行った当時の内閣総理大臣・安倍晋三に対し、ヤジを飛ばした者たちを北海道警察が排除した事件をめぐり、HBC北海道放送が制作した映画『劇場版 ヤジと民主主義』や、同じく北海道放送によるドキュメンタリー番組『クマと民主主義〜記者が見つめた村の1年10か月〜』の紹介も行われ、現状の問題をアート業界の話題にのみ終始させるのではなく、民主主義を北海道から考える視点が示された。

HAUSの活動イメージ 出典:HAUSウェブサイト(https://haus.pink/)

かわるあいだの美術実行委員会(鹿児島)

かわるあいだの美術実行委員会は、鹿児島在住の美術家を中心に2020年に発足。メンバーは鹿児島在住の美術作家とキュレーター、アドバイザーとして県外の学芸員とキュレーターで構成される。

発表者の平川渚は、「鹿児島では様々な場面で価値観が固定化されていることが多く、前衛的なものが認められにくい」と話す。加えて、2023年都道府県別ジェンダーギャップ指数で鹿児島は教育の分野で44位、政治では46位と横ばいで低迷であり、美術の状況としては、黒田清輝、藤島武二ら同県出身者を起点とする近代洋画の系譜を主流とし、まだ価値づけされていない表現を受け入れ、育む環境が整っていない印象もあると指摘。

「生きる私が表すことは。〜鹿児島ゆかりの現代作家展〜」展会場風景 ©︎ リアライズ

そんななか、現代アートの展覧会を実行するため委員会を組織し、ローカルとグローバルを意識した活動を行ってきた。鹿児島市立美術館が20年ぶりの現代アート展が開催されることをきっかけに、委員会では鹿児島出身・在住の6名のアーティストが参加する「生きる私が表すことは。鹿児島ゆかりの現代作家展」を企画。副題の「We know more than just the names of flowers.」は2015年に鹿児島県知事(当時)が「高校で女の子にサイン、コサイン、タンジェントを教えてなんになるのか」「植物の花や草の名前を教えたほうがいい」という発言を受けてのものであった。

展覧会ヴィジュアル

「アーティストの条件」企画チーム(沖縄)

2023年11月3日、4日の2日間にわたって那覇文化芸術劇場なはーと小劇場にて、なはーとカンファレンス2023「アーティストの条件~アートワーカーの制作環境を考える~」というトークイベントが行われた。今回発表を行うのはその企画チームだ。メンバーは上原沙也加(写真家)、寺田健人(写真作家・美術家)、福地リコ(映画制作者)で構成される。

文化芸術を通じて那覇のまち、社会をより豊かなものにしていくためには、アートワーカーの制作環境を整え、アーティストが安心して仕事と生活を両立できることが重要であるというコンセプト。また、やりがい搾取による低賃金・長時間労働、契約雇用の不明瞭さ、ジェンダー格差、ハラスメントなど全国的に問題となっている課題を踏まえ、沖縄でも問題を可視化し議論がなされることを期待してカンファレンスは開催された。

カンファレンスでは、沖縄県内でアートワーカーへの搾取やハラスメントの問題が常態化していること、個人で活動するアーティストの問題が表面化しづらいこと、身近な問題を可視化し、自治的に解決していくために沖縄から声を上げることが重要であることが挙げられた。

また問題の詳細として、県内での仕事はほとんど口約束で契約書など文書に残ることが少ないこと、仕事依頼時に条件が事前に提示されないこと、本来依頼されていた制作とは関係のない仕事までついでに任されてしまうこと、そもそもアーティストがお金の話をするのがタブーであるかのような風潮があること、県外への運送・交通費コストなどが指摘された。そのいっぽうで、コミュニティの狭さゆえに横のつながりで連帯し、変わるときも一気に変わることができるのではないか、新しい世代を自分たちでつくることできるのではないかという意見もあったという。

カンファレンスは予想以上の反響があり、地元紙でも取り上げられた。「行政とアーティストが共同でアートワーカーの問題に取り組めたことは、現時点では全国的にみても稀な活動になった。今後も行政に働きかけながら、それぞれの立場から協力して環境整備に取り組んでいきたい」と発表者のひとり、上原沙也加は話す。

*イベント報告書はこちらから

アーティストの条件(イベントフライヤー)

trunk(秋田)

trunkは、「秋田を拠点に、既存のメディアでは取り上げられない、取りこぼされてしまわれがちな声を様々なかたちで発信、共有し、すべての人が生きやすい環境を目指して、ゆるく連帯しながら活動する団体」をコンセプトとしている。普段話す機会の少ない性やジェンダーについて安心して意見を交わす場をつくるお話会や勉強会の開催、地方都市での生活で感じるモヤモヤを明るく配信するラジオ番組やトークイベント、トランスジェンダーの人々に対する差別に対抗し連帯を表明する展覧会の開催や、ZINE制作も行うなど活動は多岐にわたる。

2023年11月には「国際トランスジェンダー追悼の日」に合わせ、秋田公立美術大学の西原珉と共催で展覧会「When we talk about us, 」を秋田市文化創造館で開催した。活動の中で、1998年から東北で活動している「性と人権ネットワークESTO」や、秋田プライドマーチ実行委員会、アーツセンターあきた、秋田市福祉保健部 障がい福祉課、秋田県中央男女共同参画センター、地元新聞社である「秋田魁新報」などと連携した企画も行ってきた。メンバーの堀内しるしは「当事者に寄り添った記事を書いてくれたり、協力してくれる地域団体の存在は大きい」と語った。

trunkに集う人々は職種も年代も様々で、展覧会も多様な表現ツールのひとつと捉えている。全員がひとつの目的に向かうのではなく、それぞれの経験や問題意識の共通点を探す。「それらの問題が全部どこかでつながっているからこそ、多様なテーマを横断しながら続けてこられたと思う。連帯を広げていけるように活動を頑張りたい」と締め括った。

「例えば(天気の話をするように痛みについて話せれば 2023」会場風景

「サゴリ」に集うひろしま有志の会(広島)

「『サゴリ』に集うひろしま有志の会」は、広島のアートシーンにおけるアートワーカーの権利向上と、環境改善のために立ち上がった有志の会だ。発表者の山下栞は「サゴリを拠点とし、アートワーカーが直面している困難や、日々のモヤモヤを共有できるような場所を作っていけたらと思っている」とも述べた。

サゴリという場所は被爆者で女性史研究者でもあり、「他者、あるいは他国の人々を踏みつけにしない私たちの解放の方向をさぐるために」という言葉を残した加納実紀代の全蔵書・研究資料を中心とした資料室である。「ヒロシマ・ジェンダー・フェミニズム・女性史・植民地主義」という被害以外の側面から広島を読み解くために様々な視点が交錯する場所でもあるとのことだ。

広島市のアートシーンの現状は、一部の関係者を中心としたアートシーンの成り立ちなどに由来するのではないかという。長年の個人間の関係性の延長にアートシーンでの仕事の繋がりがあること、アーティストを志す学生が抑圧される深刻なキャンパス・ハラスメントと二次加害を温存する構造や、"顔馴染み"が優先される環境、「問題がある」と言うことさえ困難な状況があるとのことであった。

広島市立大学芸術学部の男性教授によるセクシュアル・ハラスメント、アカデミック・ハラスメントと、その二次被害としてのギャラリーハラスメント(展示会場での迷惑行為)など、発表者が相談を受けただけでも「数え切れないほどの事例(問題)がある」という。

山下栞を含む有志学生によって継続的に活動を続けられてきた、卒展などでの迷惑行為(ギャラリーストーカー)の対策を求める署名バナー

また、一部のアートワーカーによる立場の優位性を利用した、フリーランスのアートワーカーへのハラスメント行為や、虚偽をアート関係者へ吹聴し、仕事の進捗を妨げるような嫌がらせも問題として挙げられた。また、これらの問題の改善のために適切な調査・対処等をするための機関も存在していない。これは、様々な出自や実践の方法を展開するアートワーカーたちが、地域に根ざしながら安心して仕事を続けることができない環境を温存してしまっている原因のひとつではないかと山下は述べた。アートシーンに関わる問題を、加納実紀代精神に基づいた複数の視点と軸足を交錯させながら考える場所としての性質がサゴリには期待される。

これからの展望として、サゴリを中心にアートに関わる度合いを問わず、環境に対して違和感を持ったときに集まれるような場所と雰囲気作りを目指すこと、目標を同じくする他団体と交流し、エンパワメントし合えるような関係性の構築を目指すこと、問題解決のために被害当事者を矢面に立たせない連帯の場を作っていきたいということが語られた。

アートワーカーの環境改善に向けて

このように「美術に関わる脱中心の実践・2023・報告」は、各地域で活動する団体が集まり、それぞれの状況や課題、取り組みを共有し、連帯することの重要性が再認識された会となっていた。また、それぞれの団体内では各々が直面する問題に対し、ネットワークを作ることで権利向上や環境改善に向けた動きが生まれ、互いを励まし合うようなメンタルヘルスへの気配りも優先事項として挙げられており、個人で活動するアートワーカーにとっては心強い変化が起きていることが想像できた。発表のなかでは何度も“継続”という言葉が出たが「美術に関わる脱中心の実践」は今後もこのようなネットワークを継続し、アーティストが直面する問題の解決に向けて活動していくという。

*──アーティスツ・ユニオンの正式名称はプレカリアートユニオンアーティスト支部。多摩美術大学ユニオン(プレカリアートユニオン多摩美術大学支部)も同様に、プレカリアートユニオンを母体とする。

各団体の告知など

アーティスツ・ユニオン
6月26日付でアーティスツ・ユニオンから東京芸術大学長・日比野克彦氏にアーツ前橋の契約不履⾏事案と 「敷居を踏む Step on the Threshold 」展にかかる公開質問状を送付しました。
http://artistsunion.jp/index.html#project

ヨルベ(「アーティストの条件」企画チーム)主催
「アーティストの労働環境を整えるための実践講座」(全4回)

アートワーカーのための契約やハラスメントに関する講座・ワークショップに加え、現場で活動するアーティストや表現者をゲストに迎えて、アートや映画などの作品におけるジェンダー表象について考えるトークイベントを実施します。詳細は近日公開予定です。

日程:2024年9月〜12月(各月1回ずつ開催)
会場:沖縄県那覇市を予定
参加費:無料
https://yorubeokinawa. myportfolio.com

かわるあいだの美術2024〈物語る予感〉展 
2024年9月29日〜10月14日
時間:10:00〜20:00
会期中無休、入場料無料
会場:天文館図書館(鹿児島市千日町1-1)
参加作家:しまうちみか、谷澤紗和子、平川渚、山乃モトキ
https://kawaruaida2024. jimdosite.com/

野路千晶(編集部)

野路千晶(編集部)

のじ・ちあき Tokyo Art Beatエグゼクティブ・エディター。広島県生まれ。NTTインターコミュニケーション・センター[ICC]、ウェブ版「美術手帖」編集部を経て、2019年末より現職。編集、執筆、アートコーディネーターなど。