公開日:2023年6月26日

蔡國強が第二の故郷いわきで見せた満開の花火。いわき白天花火《満天の桜が咲く日》レポート

国立新美術館で行われる大規模な個展「蔡國強 宇宙遊 ―<原初火球>から始まる」の関連イベント。サンローランのコミッションとして開催された

イベントの様子 撮影:編集部

6月26日、アーティストの蔡國強(ツァイ・グオチャン/さい・こっきょう)によるイベント「いわき白天花火《満天の桜が咲く日》」が、福島県いわき市の海岸沿いで行われた。イベント直前に曇り空は晴天に変わり、子供から高齢者まで、浜辺に腰掛ける多くの人々が見守るなかで満開の花火が次々と炸裂。「わー!」という歓声が方々からあがった。

国立新美術館で6月29日に始まる大規模な個展「蔡國強 宇宙遊 ―<原初火球>から始まる」に先駆けた関連イベントとして、サンローランのコミッションとして開催されたこのイベント。花火と鮮やかな煙はこれまで見たことのない風景を作り出し、人々を驚きと感動に巻き込んだ。

蔡國強(ツァイ・グオチャン/さい・こっきょう)は1957年中国福建省泉州生まれ。東洋哲学、社会問題を作品の基本コンセプトとし、火薬絵画、インスタレーションや屋外爆破プロジェクトを世界各地で発表してきた。95年からはニューヨークに拠点を移して活動している。1999年ヴェネチア・ビエンナーレ金獅子賞、2008年ヒロシマ賞、2012年高松宮殿下記念世界文化賞などを受賞。

今回の花火は、東日本大震災の犠牲者を慰霊する「地平線─白い菊」、津波を表す「白い波」と「黒い波」、記念碑のようなモチーフで追悼の意を示す「紀念碑」、桜の花びらを思わせる「満天の桜」と「桜の絵巻」で構成された。

イベントの様子 撮影:編集部

蔡といわき市民の友情

蔡といわきのつながりは深い。蔡は86年12月から95年9月までの約9年間を日本で過ごしたが、いわきは、蔡の生活と芸術の両面において第二の故郷ともいえる特別な場所になった。作家としてかけだしの蔡と妻の呉紅虹はいわき市民と交流を深め、蔡の作品実現のための志賀忠重を中心としたグループ「実行会」も結成された。

95年に蔡がニューヨークに移住した後も、いわきの友人達は「蔡國強通信」を定期的に発行し、いわきの人々に蔡の近況を共有。友情はこれまで続いてきた。

いわき回廊美術館の前で。左から蔡國強、志賀忠重
イベントの様子 撮影:編集部

93年、いわきの四倉町に引っ越した蔡は、「実行会」の仲間たちや、地元の多くのボランティアとともに、爆発イベント《地平線プロジェクト 環太平洋より:外星人のためのプロジェクトNo.14》およびいわき市立美術館での個展「蔡國強:環太平洋より」の準備に着手。94年の「環太平洋より」展は、蔡にとって日本の公立美術館での初めての個展となった。爆発イベント《地平線プロジェクト 環太平洋より:外星人のためのプロジェクトNo.14》では、5000mの長さの5本の導火線の爆発の火が暗闇の海面に現れ、火薬の爆発の閃光が地球の輪を描画。

今回は約30年ぶりの、蔡によるいわきでの大プロジェクトとなった。志賀は今回のイベントに際して「当時、(蔡さんを)弟のように感じていた。いまは世界的に有名になったけど、その彼がいわきに戻ってきました」と再会に喜びを滲ませた。

イベントの様子 撮影:編集部

東日本大震災と「万本桜プロジェクト 」

いわきと言えば、2011年の東日本大地震と原発事故による甚大な被害を忘れることはできない。蔡は、いわきは住まいを失った友人たちの家屋再建を支援するため、すぐに作品の一部をオークションに出品。しかし、友人たちはその資金を自分たちのためではなく「9万9千本の桜を植えるプロジェクト」に活用することに決定し、「この桜は、私たちの世代が原子力発電所を建設し、後世に大きな災いを残してしまったことへの反省を表しているのです」と説明。いわきの友人たちの郷土愛と未来への責任感に強く心を打たれ、蔡も皆と一緒に、桜を植える作業に加わった。

13年、蔡はいわき回廊美術館(SMoCA)を構想。いわきの仲間たちは放射能汚染の懸念から売れなくなった木材を使い、桜の森をドラゴンのようにうねって進む全長160mのアートの回廊を作った。

こうしたエピソードをもとに《満天の桜が咲く日》の花火では「桜」のモチーフが多用された。

イベントの様子 撮影:編集部

「子供たちが喜んでくれたら嬉しい」

今回のイベントは、当初、2021年の東京オリンピック開会式前夜に行われる予定でいわきの復興10周年を記念する意味もあったが、新型コロナウイルスの大流行により開催は一旦中止に。そして6月26日、約30年ぶりにいわきでプロジェクトが実現された。

東洋哲学の「鎮魂」を通してトラウマに立ち向きあうとともに、逆境に負けない不屈の精神を鼓舞するべく披露された本作は、晴天の浜辺で華々しく炸裂した。

「子供たちが喜んでくれたら嬉しい」と、イベントに集まった子供たちの反応を何度も気にしていた蔡。蔡の力強いメッセージを子供たちは受け取ったことだろう。

イベントの様子 撮影:編集部
いわき回廊美術館の前で。蔡國強とスタッフ、いわきの人々

野路千晶(編集部)

野路千晶(編集部)

のじ・ちあき Tokyo Art Beatエグゼクティブ・エディター。広島県生まれ。NTTインターコミュニケーション・センター[ICC]、ウェブ版「美術手帖」編集部を経て、2019年末より現職。編集、執筆、アートコーディネーターなど。