公開日:2023年3月27日

香港アートマーケットの光と影。「アートバーゼル香港2023」フォトレポート

コロナ禍を経てアジアのアートマーケットの覇権はどこへ。表現の自由は、セクシュアリティについての作品は――今後のアジア情勢を読み解く

香港アートマーケットの予想外の盛況

むせ返るような臭気の街頭、何年も続く湾岸の大開発、晴れそうで晴れない空に、時折顔に当たる霧雨、そして霞む摩天楼――数年ぶりに訪れる香港は、マスクの制限も解除されたが日本同様にバスやトラムの乗客はまだマスク着用率が高い。そのほかは一見変わらないように見える街並みやアートシーンも、その実変化はあるのだろうか。

アート・バーゼル香港2023の様子

渡航制限がない3年ぶりのアートフェア開催となったアートバーゼル香港。2020年はオンラインでの開催を余儀なくされ、過去2年ともリモートで参加をするギャラリーも多かった。

香港では政治的な混乱を巡って欧米資本の企業の撤退がいくつか報じられてきたことや、昨年9月にFrieze Seoulが初開催して活況だったことで、日本のギャラリー関係者からも「今後のアジアのマーケットの中心は韓国・ソウルに移るのでは」、「今年が香港への出展は最後になるのかも」と囁かれてきた。

Nam June Paik(ナム・ジュン・パイク) Standing Buddha with outstretched hand  2005
SCAI THE BATHHOUSEは宮島達男、ダレン・アーモンドの数字にちなんだ作品が並ぶ

ところが蓋を開けてみると、M+の開館も相まって、多数の出展者、世界各地からのコレクター、キュレーターの来場があり大いに盛況だった。3月21日から25日までの5日間という短い喧騒の日々は幕を閉じた。最終的に177軒のギャラリーが出展し、昨年より47も増加、日本からも30軒以上が出展した。フェアのクロージング・レポートでは、ガゴシアンのシニア・ディレクターのニック・シムノヴィッチ、Take Ninagawaの蜷川敦子らもセールスがプレビューから好調だったとコメントしているし、日本のいくつかのギャラリーも初日、2日目からホクホク顔だった。わずか5日間だけでの86000人を超える来場者や、好調な売上――そこには香港がソウルに対抗せねばならない危機感、政治的な緊張からのアートマーケットの萎縮傾向に対して内外からの強い期待が働いたことが垣間見える。

日本のギャラリーハイライト

Kaikai Kikiのブース内で村上隆やMr.にサインやセルフィーを依頼する人々
思文閣ブースでの森田子龍作品を撮影する来場者
小山登美夫ギャラリーは三宅信太郎の小作品を「Kabinett」と呼ばれるブース内ブース企画で出展
KOSAKU KANECHIKAは桑田卓郎の個展。会場構成はKIAS イシダアーキテクツスタジオ

「監視」されている状況

活況に浮かれて危うく足元を掬われそうなこともあった。フェアを歩き回りながらこのツイートを現地から投稿した。すると「このツイートは削除されました」、と表示されるのだ。

はじめは自分で消してしまったか、Twitterそのものの不具合かと東京のスタッフに確認したが、日本からは問題なく表示されるという。たしかに日本からのVPNを介すると正常に表示される。はたと気づいた、2020年7月、香港にもついにグレートファイアウォール(通称:金盾)が導入されたのだった。

どのキーワードが引っかかったのかは想像に難くない。

メディアに対してこうした「監視」によって取材を萎縮させるには効果は十分だ。すでに香港の新聞やネットメディアも廃刊に追い込まれている。表現する側においては言うまでもないだろう。

フェア会場にあるものとないもの――LGBTQ+とジェンダー

中国のアートフェアでは検閲に遭うリスクを避けるため、直接的に性的なモチーフの作品はほぼないと言ってもいい。香港のアートバーゼルでもそれ自体は以前から変わらないが、現状の市内での動向はそういうわけでもない。今回大館という、元警察署跡地をリノベーションした文化施設にある大館當代美術館も訪れた。

そこではトランスジェンダーのCG映像作品、同性愛の直接的な描写、異性装など、フェア会場では漂白され見ることができなかった性にまつわる表象がありとあらゆるアウトプットで展示されていた。

Andrew Thomas Huang Rabbit God 2019
大館當代美術館「MYTH MAKERS — SPECTROSYNTHESIS III」展示風景

ただしその代わりに映像にはこうした「審査」を経た証明書の添付が義務付けられている。

大館當代美術館「MYTH MAKERS — SPECTROSYNTHESIS III」展示風景

フェア会場ではどの作品もセクシュアリティについては直接的な言及がないが、大味になってしまうメガギャラリー以外では、じつはエスニシティやジェンダーについては多くのアーティスト、ギャラリーが扱っていた。

日本のギャラリーで言えば、KOTARO NUKAGAの松川朋奈、出光真子の2人展は、なかでもその世代の対比とフェミニズムについて踏み込んだテーマ性とで白眉と言えるだろう。

出光真子 清子の場合 1989
Jaffa Lam (林嵐) Trolley Party(推車派對) 2023

フェア会場で巨大な作品を見せる「Encounters」企画のひとつでもあるJaffa Lam《Trolley Party》は、地元香港の女性たちによる手作業で傘をパッチワークしている。

そしてアートバーゼルが街頭や空港で露出するバナーやCMも、ジェンダー、エスニシティに大いに配慮されたバランスで登場人物が構成されていた。

アジアのマーケットの覇権はどこへ

昨年アートバーゼル香港はディレクターにアンジェル・シヤン=ルが就任し、それまでのディレクターだったアデリーン・ウーイはアジアの全体を統括する担当となった。昨年も開催して好評だった、主にコレクターに向けてのイベント「アートウィーク東京」もバーゼルが母体となっており、この先東京のマーケットをどうバーゼルが切り開くのか注目されている。

アートバーゼル香港会場の香港会議展覧中心(HKCEC)から開発真っ只中の市内中心部の眺め

しかし、バーゼルとFriezeの一騎打ちというわけでもない。アートバーゼル香港の前身となるART HKを立ち上げたマグナス・レンフリューによるThe Art Assemlby台北當代、シンガポールで今年初開催したART SG、そしてこの7月に初開催する東京現代というラインナップで、欧米からのギャラリーを中心とした東アジアの大規模アートフェアを統括している。そのほかに5月の台北當代以降、9月に2回めを控えるFrieze Seoul、10月のART TAIPEI、さらに11月に国内外からの集客も同様に戻ってくるであろう上海のWest Bundもあり、アートフェア情勢はどこが勃興し、収斂していくのか、混沌としてきそうだ。

香港中心部はいまも湾岸エリアは歩道を拡充する大開発の真っ只中だが、足元は表現の点でも、報道の点でも、世界的な金融不安をふくめた不安定さは拭えない。それでもこのアートバーゼル香港の成功を経て、来年以降も捲土重来なるか、目が離せそうにない。

Xin Tahara

Xin Tahara

Tokyo Art Beat Brand Director。 アートフェアの事務局やギャラリースタッフなどを経て、2009年からTokyo Art Beatに参画。2020年から株式会社アートビート取締役。