横浜・山下ふ頭で初開催「Art Squiggle Yokohama 2024」レポート。現代アーティストの試行錯誤や制作プロセスに触れる

空間にあわせた大型作品や、会期中に変わり続ける作品など、16組のアーティストが展示する現代アートフェスティバル。横浜港を望む屋外スペースにはフードトラックも。会期は7⽉19⽇~9⽉1⽇。

会場風景より Photo: Shinichi Ichikawa

横浜の海沿い、山下公園の先にある山下ふ頭にて、現代アートフェスティバル「Art Squiggle Yokohama 2024(アートスクイグルヨコハマ 2024)」が開催中だ。会期は7⽉19⽇~9⽉1⽇まで。

横浜港を望む山下ふ頭が舞台の新たなアートフェスティバル

明治維新の時代から世界と日本をつなぎ、高度経済成長期には横浜港を支える主力の埠頭として重要な役割を果たした山下ふ頭。実寸大の動くガンダムが話題となったGUNDAM FACTORY YOKOHAMAが今年3月まで展開されていたエリアだ。

数年後には大規模な再開発が予定されているこの場所で初開催を迎えた「Art Squiggle Yokohama 2024」は、“Squiggle(スクイグル)=やわらかな試⾏錯誤”を繰り返しながら制作を続ける若手アーティストの作品を中心とした展示と、その制作プロセスを紐解く展示空間で構成されるアートフェスティバル。株式会社マイナビを主幹事とするアートスクイグル実行委員会によって運営されている。

会場風景より Photo: Shinichi Ichikawa

展示会場となっている4号上屋は、山下公園を抜けて海沿いを奥へと進んで行った埠頭の先端に位置している。上屋の前には横浜港を望む、見晴らしの良い屋外エリアが広がり、週末を中心にフードトラックも登場。金曜と土曜は21:00まで、平日と日曜・祝日は20:00までオープンしているため、遅い時間にはアート鑑賞とあわせて、夜景と一緒にビールやドリンクを楽しむことができる。

会場風景より Photo: Shinichi Ichikawa
会場風景より Photo: Shinichi Ichikawa

16組のアーティストによる作品と、「スクイグル」な創作プロセス

“Squiggle(スクイグル)”という言葉は、「まがりくねった、不規則な、曲線」といった、直線的でない予測不能な動きや形状を表す意味を持つ。本イベントでは、アーティストが創作活動中に経験する迷いや試行錯誤のプロセスを象徴するキーワードとして掲げられている。

メインとなるアート展示では、作品のコンセプトや制作過程、作品そのものに「スクイグル」が見られる作品が選出されており、会場内には個々のアーティストの作品がそれぞれ独立したブースのようなかたちで点在している。大型倉庫の建築を生かした展示空間の設計は空間デザイナーの⻄尾健史が手がけ、グラフィックや什器のデザインは山口萌子が担当。各作家と対話を重ねながら、観客が自由に滞在できる場として会場を構成したという。

会場風景より Photo: Shinichi Ichikawa

参加作家は、宇留野圭、河野未彩、川谷光平、GROUP、小林健太、中島佑太、沼田侑香、山田愛、光岡幸一、MOBIUM、藤倉麻子、マイナビアートコレクションから紹介される酒井建治、土屋未久、村田啓、楊博、横山麻衣の計16組。決まった鑑賞ルートは定められておらず、来場者は思い思いの順路で会場内を歩き回りながら作品を鑑賞する。

会場風景より Photo: Shinichi Ichikawa
会場風景より、小林健太の展示風景 Photo: Shinichi Ichikawa

「あったかもしれない」人間とサボテンの風景

会場の一角に敷き詰められた小石の上にサボテンの造形が並ぶ展示は、建築コレクティブ・GROUPによる《港 / Manicured Cactuses》だ。複数のサボテンを束ねて土台にしたテーブルや、高さの異なるサボテンを並べて作った棚、サボテンを組み合わせた楽器など、サボテンを新しい家具の構造物として用いている。

古くは観賞用、薬用などとしてヨーロッパから伝わったサボテンだが、植民地政策や資本主義経済の枠組みに組み込まれるなかで経済的資源として活用されるなど、人間の手によってその用途やあり方を変化させてきたという背景を併せ持つ。ここではサボテンのそうした伝来の背景と、人や文化、経済が往来する港という展示場所に着目し、リサーチャー・原ちけい、音楽家・土井樹、植物に関する専門家・越路ガーデン(西尾耀輔)を迎え、「あったかもしれないサボテンと人の生活」の断片を提示している。

会場風景より、GROUP《港 / Manicured Cactuses》展示風景 Photo: Shinichi Ichikawa

写真家の川谷光平は、撮影と作品の発表の両方をひとつの空間で見せることで、来場者が写真のプロセスのなかに入り込むような鑑賞体験を演出。壁に展示された写真だけでなく、アドバルーンに吊るされた写真や、撮影セットのように照明と並べて置かれた背景紙に使われている写真など、どこからが作品なのかを曖昧にし、見る者への思索を促す。

展示作品は、新作に加えて、過去にテストとして撮影したものや、撮影のリファレンスとしてAIで生成した画像、偶然に撮った写真などがこれまでの膨大な撮影データから選び抜かれているという。作家は「スクイグル」というテーマに合わせ、制作のプロセスを視点を変えて見つめ直す展示空間を作り出した。

会場風景より、川谷光平の展示風景 Photo: Shinichi Ichikawa

プロセスに焦点を当てることが本イベントのひとつの特徴だが、宇留野圭は、自身の複数の過去作を集め、これまでの作品の変遷が見られるインスタレーションとして展示を構成。

ブースに足を踏み入れると、木製パイプでサイズの異なる箱をつなぎあわせた近未来的な外観の巨大な構造物が展示されており、どこからともなく重層的な音が鳴っていることに気づく。これはパイプオルガンの構造を用いて、プライベート空間である部屋と外側の社会とのつながりを表現した宇留野の作品シリーズの1作で、個々の部屋を通り抜ける目に見えない空気の流れが、音に変換されて表出されている。

会場風景より、宇留野圭の展示風景 Photo: Shinichi Ichikawa

45日間、同じ色が二度と現れない。刻一刻と変わり続ける作品

このほかにも会期中に変化する作品や、来場者とともに作り上げる参加型作品なども展示され、参加作家によるワークショップも行われている。

河野未彩の《HUE MOMENTS》は、光の三原色の原理を再解釈したインスタレーション。幅10mを超える構造物にRGBの光源をミックスさせた光を3方向から当てることで、影や色面が刻一刻と変化する。それぞれの光源で色相が移り変わる周期が異なるため、会期中の45日間で同じ色が現れることはないという。

会場風景より、河野未彩《HUE MOMENTS》展示風景 Photo: Shinichi Ichikawa

また、かつて鉱山で働いていた朝鮮人労働者のエピソードに着想を得た中島佑太の作品は、来場者が実際に会場にある巨大な岩を削って石を切り出し、その石を砕いた砂で砂場を作るというワークショップ型の作品だ。

中島佑太によるワークショップの様子 Photo: Shinichi Ichikawa

アーティストの頭の中を覗き見る「アーティスト・ノート」

さらに、完成した作品そのものだけでなく、アーティストの試行錯誤の様子に触れることのできる「Art Squiggle Yokohama 2024」ならではの試みも行われている。

そのひとつが、各作家のインタビューや、制作過程の写真、スタディ、3DGCモデルなど、今回の展示に向けたアーティストの「スクイグル」な頭の中を覗き見ることができるような内容を掲載した「アーティスト・ノート」だ。来場者は各展示ブースにあるデスクから自由にノートを集めて好きな順番に並べ、最後に自分で綴じて持ち帰ることができる。

会場風景より、沼田侑香の展示風景。左のデスクにアーティスト・ノートが置かれている Photo: Shinichi Ichikawa
来場者はデスクにあるアーティスト・ノートを自由に集めて、自分だけの1冊を作ることができる Photo: Shinichi Ichikawa

あわせて各展示ブースに設置されたデスクには、アーティストのインスピレーション源となった本と、スタジオから持ってきた様々な私物が置かれている。スタジオから持ってこられた物は、文房具や画材といった制作に使う道具や試作品から、普段使っているノート、友人にもらったお土産といったパーソナルな物まで作家によって様々。それぞれの物と作家との関係に思いを馳せることで、より個々の作家を身近に感じられるのではないだろうか。

光岡幸一の展示ブースに設置されたデスク Photo: Shinichi Ichikawa

また、会場の中央には「100 books」と題されたライブラリーが登場。円形の本棚に、「わたしたちの日々の暮らしとアートは地続きである」というコンセプトで選書された、アートや建築、テクノロジー、ジェンダー、働くことといったテーマにちなんだ本が並ぶ。

選書を担当したのはATELIER、loneliness books、クレヨンハウス、新建築書店 | POST Architecture Books、代官山 蔦屋書店、本屋・生活綴方、ORDINARY BOOKS、アートスクイグル実行委員会。絵本やアートブック、人文書など多様なラインアップになっている。本を読むためのラウンジも用意されているので、気になった本のページをめくりながら、展示鑑賞の合間に一息つくことのできるスペースだ。

会場風景より、「100 books」 Photo: Shinichi Ichikawa

すでに終了しているが、7月27日、28 日と8月10日、11日には、音楽イベント「Sound Squiggle」も開催され、SincereやFNCY(ZEN-LA-ROCK、G.RINA、鎮座DOPENESS)、TENDRE、YeYeといったアーティストが海をバックにした屋外スペースでライブを行った。

FNCYによるパフォーマンス風景。7月27日、28 日と8月10日、11日に音楽イベント「Sound Squiggle」が開催された Photo: Ayami Kawashima

会期終了間近。チケットプレゼントも実施中

また8月23日には、17:00〜21:00の入場チケットが半額になる「夏休みアートナイト割引」を実施する。半額チケットの購入はこちらから。

さらにTokyo Art Beatの読者10組20名様に入場チケットが当たるプレゼントキャンペーンも開催中。応募はこちらのフォームから受け付けている。応募締切は8月22日12:00(正午)まで。

アーティストの試行錯誤や創作の道のりに触れ、アートと私たちのつながりをあらためて考える45日間。横浜で新たに始まった「スクイグル」な試みを体験してみてほしい。

会場の屋外スペースから見える夜景 Photo: Shinichi Ichikawa

なお、本展の主幹事であるマイナビが運営するアートスペース・マイナビアートスクエア(略称MASQ)では、テクノロジーと人間の認知について思索を重ねるアーティスト、写真家の苅部太郎の個展「あの海に見える岩に、弓を射よ / Aim an Arrow at the Rock in the Ocean」が8月31日まで開催中。また9月には、今年5月から6月にかけて行われたアートをめぐる思考と情報整理のプロセスを学ぶ「『わたし⇄社会』を考えるキュレーション型創造ゼミ」(講師:MASQアドバイザー伊藤亜紗、ドミニク・チェン、山峰潤也)の成果展が予定されている。

後藤美波

後藤美波

「Tokyo Art Beat」編集部所属。ライター・編集者。