1960年代の日本において、「イラストレーション」「イラストレーター」という言葉を広め、時代を牽引してきた宇野亞喜良(1934〜)。その初期から最新作までの全仕事を網羅する、過去最大規模の展覧会「宇野亞喜良展 AQUIRAX UNO」が、東京オペラシティ アートギャラリーにて開催される。会期は4月11日〜6月16日。
2010年刈谷市美術館で開催されて以来、14年ぶりとなる大規模展であり、過去最大規模となる本展。1950年代の企業広告から、60年代のアングラ演劇ポスターや近年の俳句と少女をテーマとした絵画、貴重な原画や資料まで、900点を超える作品群によってその仕事の全貌を紹介する。
優れたイラストレーションはその時代のイメージを作るものであり、逆説的にその人気は同時代の流行にも大きく左右される。そうした厳しさもあるなかで、これほど長期間にわたり「現役」であり続けるイラストレーターはほかにいないだろう。どの作品にも一貫した宇野の美学が貫かれ、一目で誰が描いたかわかるユニークでアイコニックな様式美を持ち、愛好者の期待を裏切らない。それでいて、時代に応じてフレッシュに刷新し続けてもいる。本展では、そんな偉業としか言いようのない凄みに圧倒される。
展示では、宇野の幅広い仕事を12のトピックで、ジャンルごとに分けて紹介される。
展示の「プロローグ」では、名古屋で過ごした学生時代に描いたスケッチやクロッキーなど、創作初期の作品が紹介される。
岸田劉生に影響を受けた洋画家の宮脇晴から絵を学んだ宇野。15歳の夏休みに描かれた自画像から、すでに高い画力がうかがえる。高校2年生のときに新聞で「壁画・彫塑なんでもアッパレ16歳の少年藝術家」と称賛されたというエピソードも。
その後グラフィックデザイナーを志すようになった宇野は、19歳でグラフィックデザイナーの登竜門だった日本宣伝美術会(日宣美)で入選を果たすなど、早くから才能を開花させていった。
上京後、グラフィックデザイナーとして活躍し始めた時期の展示では、カルピス食品工業の新聞広告などの貴重な原画が展示されている。日本デザインセンターに所属していたときには、東芝やトヨタ自動車などの企業広告を担当。第10回日宣美展で会員賞を受賞した旭化成工業「カシミロン」ポスター、化粧品会社マックスファクターの広告シリーズなど重要な仕事の数々が並ぶ。
本展のポイントのひとつは、1960年代の初期から現在にいたるまでのポスターが一堂に会した展示室。
1960年代、宇野は妖艶でメランコリックな少女たちを描いた「ミニブックス」やノワールでエレガンスな「シャンソン」、シルクスクリーンによる鮮やかな色彩の「ミケランジェロの言葉」などポスターを生み出した。
寺山修司との出会いも忘れてはならないだろう。宇野が手がけた演劇のポスターは、街に貼られるたびにそれを欲する者によって剥がされてしまうほど人気があったという。
1960年代当時の時代の空気を体感できるよう、蛍光塗料が施されたポスターをブラックライトの光で鑑賞できるコーナーもある。
これだけ多様なメディアにまたがり創造を続けてきた作家もそういないだろう。本展では1960年代に発表された3本の短編アニメーション映画の上映をはじめ、依頼された新聞や雑誌での仕事から、自身の独創性を遺憾無く発揮し、表現スタイルを追求した版画集や作品集など、多岐にわたる作品を展示する。
グラフィックデザイナー出身でイラストレーターである宇野にとって、造本や装幀まで様々な創造性を活かすことができる書籍は重要なフィールドのひとつであった。
エロスや耽美といった大人の世界から、70冊以上に及ぶ絵本や児童書まで、その芸術の幅広さに改めて驚かされる。
寺山修司をはじめ、横尾忠則、和田誠、細江英公など、時代を築いてきた様々な領域の芸術家、クリエイターらと並走してきた宇野の歩みは、戦後日本におけるアートやヴィジュアルカルチャー史の一段面でもある。絵画、彫刻などの分野に比べイラストレーションが美術館で大々的に取り上げられる機会は少なく、宇野の仕事もその業績に比べると残念ながら十分に紹介されてきたとは言えない。本展では改めて、領域横断的で商業活動とも強く結びついたイラストレーションやイラストレーターの仕事というものを、美術史やカルチャー史の文脈でどのようにとらえ、美術館でいかに扱っていくかという課題を考えるきっかけにもなるだろう。
宇野はこれまで舞台美術の制作にも関わってきたが、こうした仕事がまとまったかたちで公開されることはこれまであまりなかった。本展では、舞台や衣装の原画、実際に制作にも携わった大道具や小道具、人形、衣装などが展示される、貴重な機会となる。
最後は宇野の近作から新作までを紹介する章。宇野は俳句に親しみ、「左亭」の俳号を持っており、松尾芭蕉や寺山修司らが詠んだ句をテーマとした新作を描き続けている。
また、BUCK-TICKやSHAKALABBITSのポスターやグッズ、資生堂「マジョリカ マジョルカ」の似顔絵ジェネレーター「マジョリ画」(2016)など、様々なクリエイターや企業とも活発にコラボレーションをしている。
時代や世代を超えて、見るもののイマジネーションをくすぐり、美という喜びを創出し続けてきた宇野亞喜良。本展はその宇宙的な広がりを持つ作品世界に耽溺する、またとない機会となっている。
福島夏子(編集部)
福島夏子(編集部)