アンビエントをテーマにした視聴覚芸術の展覧会「AMBIENT KYOTO 2023」が、2023年10月6日から、京都4会場で開催される。展覧会会場は、京都新聞ビル地下1階、京都中央信用金庫 旧厚生センターの2箇所で、参加アーティストには坂本龍一、高谷史郎、コーネリアス、バッファロー・ドーター、山本精一などが名を連ねる。会期は10月6日〜12月31日。(会期が延長になりました *2023年12月6日編集部追記)
聴くのではなく、流すための音楽。アンビエント(アンビエント・ミュージック)は環境音楽と呼ばれ、その名の通り、それが流れる環境・風土の一部となる音楽を指す。構成された音楽やリズムに対峙することは強制されず、音色と一体化した音楽空間に身を置くという行為を楽しむものだ。聴き方は鑑賞者に委ねられている。
20世紀に生まれたアンビエントという概念の創始者は、ブライアン・イーノだ。2022年に開催されたブライアン・イーノの展覧会「BRIAN ENO AMBIENT KYOTO」では、代表作3作《77 Million Paintings》《The Ship》《Light Boxes》に加えて世界初公開作品である《Face to Face》を引っ提げ、人気を博した。これが「AMBIENT KYOTO 2023」の前身となっている。
前置きはさておき、早速、京都新聞ビル地下1階、京都中央信用金庫 旧厚生センターで開催されている2023年の展覧会をレポートしたい。
京都新聞ビルの地下は、2015年11月末まで稼働していた印刷工場跡地だ。通常は非公開の地下空間。天井高約10m、広さ約1000㎡という迫力のある空間にまず驚かされるだろう。こちらで展開されているのは、坂本龍一と高谷史郎のコラボレーション「async - immersion 2023」だ。
弦を弾く音、ピアノの低音階の単音、そして雨の音......坂本龍一によってセレクトされた音たちが空間を支配している。メロディのあるもの、不穏さを感じさせるもの、人の声や物音が重なり合ったものなど、様々な音色が耳に届く。
それに呼応するように映し出されるのは、高谷史郎による映像。植木鉢や植物などの風景写真がモニターを通過するように、右から左へ、左から右へ、ゆっくりと移動していく。画像が進むにつれて、先頭の1ピクセルが徐々に引き伸ばされ、隣接する画像の断片から抽出された色の線が見えてくる。まるで水平線のようだ。
会場に流れる音は、坂本龍一が2017年に発表したスタジオアルバム『async』をベースに再構成されたものだ。映像に採用された写真や映像は、坂本龍一の活動にまつわるものが使われている。2〜5分ほどの曲と映像が1セットとして流れ、また次に次にと、すべて見終わるとトータルで1時間ほど。2人のサイト・スペシフィックなインスタレーションは、坂本が生前に行った制作活動のひとつでもある。
京都中央信用金庫 旧厚生センターは、2022年度の展示会でも使用された3階建ての建築物だ。1974年に建てられたレトロな建築もこれまたいい。この会場では、コーネリアス、バッファロー・ドーター、山本精一の作品を見ることができる。出展作品はすべて新作。巡回しやすい、3階、2階、1階の順番で紹介していこう。
3階フロアでまず見られるのが、小山田圭吾のソロユニットであるコーネリアスによる『霧中夢 ーDream in the Mistー』。部屋に入ると立ち込めている霧、その向こうに見えるのは壁に貼られたカラフルなネオンの光。流れているのは、2023年6月に発表された新作アルバム『夢中夢 -Dream In Dream-』に収録されている曲だ。立体音響は音響ディレクター・ZAKが担当している。音が先行したり、光が先行したり......自分の感覚をすべて使いながら、弾ける音と動き回る光を追って、まるで霧の中で夢を見ているようだった。
続いて移動した展示室には、バッファロー・ドーターによる『ET(Densha)』『Everything Valley』、山本精一『Sihouette』が登場する。
斜めに仕切られた展示空間に、2つのモニターが置かれている。なめらかに揺らぐ映像は、近づいたり離れたりと様々な角度から見ることができる。バッファロー・ドーターによる『ET(Densha)』『Everything Valley』は、どちらも2021年に発表されたアルバム『We Are Hte Times』に収録されている曲だ。展覧会に際して、『ET(Densha)』はベルリン在住の映像・音響アーティスト黒川良一が、『Everything Valley』は映像クリエイター・住吉清隆がそれぞれ手がけている。
これまでBOREDOMSをはじめ、ROVO、PARAなどで活動し、文筆家や画家など幅広い活動を見せる山本精一は、本展のために書き下ろした新曲『Sihouette』を、映像作品として展示した。着色したオイルとインクを混ぜて、照明光を投射することで色彩豊かで動きのある照明を生み出す、リキット・ライティングの手法を用いている。ヴィジュアルアーティストの仙石彬人との共同制作作品でもある。
2階で見られるのは、コーネリアスによる『TOO PURE』だ。こちらも新アルバム『夢中夢 -Dream In Dream-』に収録されており、映像はデザイン・スタジオ groovisionsによるものだ。グラフィックやモーショングラフィックを得意とするgroovisionsらしく、リズミカルな和音に乗って立体スクリーンに映し出されているのは、植物や花たち。草花の成長と循環する自然の様子を表現したような鮮やかなアートワークには、ずっと見ていたくなるような晴れやかさを覚えた。
階段を降りて、入り口のある1階の展示室へ向かう。
最も大きな展示室で行われている、コーネリアスによる『QUANTUM GHOSTS』が迎えてくれた。用意されたステージに上がると、360度に配置された20台のスピーカーによって四方から聴こえる音に包まれる。
電子音や和音、単音など統一感のない音に囲まれ、自分の中でオリジナルに調和されていく。天井には、星が流れるように瞬く照明もシンクロしている。ステージから少し離れたところにあるベンチに座ると、ステージ上の現象を客観的にとらえることもできる。当事者にも、観客にもなれるという2度美味しい体験だ。
ちなみに、展示室を移動する間に聴こえる音楽はコーネリアスによる『Loo』で、本展のために書き下ろされた新曲だ(トイレだとゆっくり聴くことができるのでおすすめ!)。会場全体に漂う印象的な香りは、香りのアーティスト・和泉侃による「聴覚のための香りのリサーチ」で、聴覚を刺激する効能があるという。建物の空間全体が体験できる場となっているのだ。1階のGalley Shopも見逃せない。今回も早いもの勝ちになりそうなオリジナルグッズも充実しているので、急ぎ足で立ち寄るべし。
今回紹介した、京都新聞ビル地下1階、京都中央信用金庫 旧厚生センターでの展覧会は、12月24日まで開催される。
ほかにも、10月13日(東本願寺・能舞台)にはミニマル・ミュージックを代表する作曲家テリー・ライリーのライブ(チケット完売)、11月3日(国立京都国際会館 Main Hall)にはコーネリアスのライブが行われる。予約詳細は、こちらから。ぜひ足を運んでみたい。
京都で開催されるアンビエント・ミュージックの祭典「AMBIENT KYOTO 2023」。筆者も空間と一体化した音を久々に浴びて、新鮮な気持ちになれた。アンビエント・ミュージックを拡張する映像と光の演出によって、新たな視聴覚体験の場となれば嬉しい。