「ゴミうんち」という新しい概念をきっかけに、世界の循環に向き合う企画展「ゴミうんち展」が、21_21 DESIGN SIGHTで9月27日〜2月16日まで開催。展覧会ディレクターを務めたのは佐藤卓(グラフィックデザイナー、21_21 DESIGN SIGHT ディレクター・館長)と竹村眞一(京都芸術大学教授、NPO法人ELP代表、「触れる地球」SPHERE開発者)。
世界は循環している。そのため自然界においては「ゴミ」も「うんち」もそのまま残り続けない。しかし、人間社会では両者が大きな問題としてとらえられ、文化的にも汚いものとして扱われる傾向がある。そうした「ゴミうんち」の単純化にストップをかけるのが本展である。ゴミもうんちも排除しない世界の循環を「pooploop」と呼び、デザインの観点から新しい未来を描き出す。
佐藤卓と竹村眞一のコラボレーションは、同館で開催された「water」展(2007)や「コメ展」(2014)に続いて3回目。本展についてそれぞれ次のようにコメントしている。
「さっきまで体の中にあったものが、体の外に出たとたんに汚いものになるという概念に違和感を持っていた。そこで環境問題をポジティブなものとしてとらえられる竹村さんに相談して、本展を企画することになった。地球の過去を振り返れば、そこから大量のヒントが出てくる。この気づきが本展のきっかけにもなった」(佐藤)
「視点の転換をもたらすのがデザインだとすれば、この展覧会には視点を変えてくれる窓がたくさん用意されている。地球の歴史はゴミうんちとの戦いの歴史でもある。つまり、生命が進化するたびに新しいゴミうんちの有効活用が生まれる。この展覧会もゴミうんちに正面から向き合って、未来を考える」(竹村)
参加作家は、井原宏蕗、veig、岡崎智弘、小倉ヒラク、Alternative Machine、狩野佑真、北千住デザイン、Zach Lieberman、佐藤卓、清水彩香、STUDIO SWINE、高尾俊介、竹村眞一、TatsuyaM、角尾舞、Dave Whyte、中山晃子、蓮沼執太、マイク・ケリー、松井利夫、山野英之、𠮷田勝信、吉本天地など、ジャンルを超えたクリエイターが勢揃いした。
展覧会はマクロとミクロの対比からスタートする。竹村眞一が代表を務めるNPO法人ELP(Earth Literacy Program)の協力の下で制作された《めぐる環》(2024)は人間社会だけで考えてしまいがちなゴミや排泄物の問題をより広い人間の営みとしてとらえることへ問いかけである。7つの地球型のディスプレイは世界の循環や時代による変化を映し出し、地球の過去や未来を考えるためのヒントを与えている。
視線を横にそらせば、壁沿いに小さな容器が見えてくる。発酵デザイナーとして活動している小倉ヒラクの《カビの森》(2024)という作品だ。自然界においてカビは生物を分化して土に還す「分解者」である。つまり、ミクロな働きをするカビがいなければ、マクロな地球が有機物で溢れてしまう。循環システムとネットワークをスマートに表している作品とも言えるだろう。
同じ空間の床に並ぶ砂時計は《TIME-B》(2024)という、佐藤卓が制作したオリジナルなインスタレーションである。通常ならば人の手によってひっくり返す必要がある砂時計だが、上に乗っているオレンジ色のボールを手動で動かさない限り、ひっくり返すことができない仕組みになっている。一人ひとりの努力がなければ、地球環境を循環に導くことができないというメッセージが込められているという。
「ゴミうんち」は廃棄されるだけの「ゴミ」と汚物と呼ばれる「うんち」に限らず、視点を変えてその存在をとらえ直すために作られた本展の新しい概念である。ギャラリー1の空間がルネサンス期以降に貴族や学者の間で流行った「驚異の部屋」を思わせる、「糞驚異の部屋」に変身。ここでは床から天井まで、様々な「ゴミうんち」にまつわるものや資料を展示されている。
一見関連性が掴みにくいが、すべてのアイテムは「自然・骨格・螺旋」「廃棄物・副産物」「ゴミ箱・トイレ・時間」「うんち・発酵・循環」と、4つのカテゴリーに分けられており、エクセルファイルで出品リストも閲覧可能。ゴミになるもの、リサイクル資源、化石や貝殻、190種類を超える土、うんちから作られるプロダクト、発酵にまつわるもの、循環を示唆するもの、生態やトイレにまつわる資料展示など、700種以上の膨大な数の展示作品や資料が部屋を埋め尽くす。想像を巡らせながらじっくり見ようとすると、この空間だけでも1日過ごせるかもしれない。
ギャラリー2は新しい循環や価値の提案、ゴミの定義を考え直すアプローチ、人間と自然の関係性を再考した作品、大きな循環を可視化した作品を中心に展示している。まず視界に飛び込んでくるのは𠮷田勝信による《Observing Looping Doodling》(2024)だ。ずらりと並べられている写真や資料、物体、液体はは意図的に循環を生み出すプロジェクトの記録である。近隣の山から採集した植物からインクを作成し、インクを用いた印刷過程で出たゴミでキノコを栽培し、育ったキノコを食べる。個人が作れる「サイクル」について考えるきっかけを与え、好奇心に火をつけるような作品だ。
「ゴミうんち」という共通テーマでつながるだけではなく、連携して制作プロセスにおいて循環を生み出す作品もある。中山晃子は子供の頃から習字の授業後に排水溝に流れる墨の動きに魅力を感じていたという。4つのスクリーンに映し出される《Alive Painting》(2024)は紙に定着せずに、水中で色が動き続ける様子を描く。ここで液体として使われているのは、狩野佑真の《Rust Harvest | 錆の収穫》(2017-)の制作に用いられた廃液なのだ。狩野は自ら錆を育てており、本展では新しい育て方にも挑戦している。完成した作品のみならず、幻想的な淡い青の錆が出来上がる過程をその場で観察できる。
展示室を進んで行くと、おもちゃのようなものに埋め尽くされている展示台に辿り着く。ものに溢れた時代に生きる私たちにとって果たして価値があるものとはなんだろう、ふと疑問が頭をよぎる。「安全ピンをつければ、どんなものでもバッジになる」と気づいた山野英之は11年前からここで集結している「クソバッジ」の制作を始めている。捨てられたおもちゃや、壊れたもの、役立たないものを集めた《クソバッジ》(2012-24)を眺めれば、機能から生み出される価値が少しずつ見えてくるだろう。
再び大きなものに目を向かせるのはマイク・ケリーの《Life Cycles》(2017)という写真シリーズだ。ヘリコプターから撮影された写真が表現しているのは飛行機のライフサイクル。映像に加えて、スクリーンの下に置かれている赤い箱は作家が購入した、リサイクル素材として売られていた飛行機の「ブラックボックス」なのだ。
「ゴミ」問題を取り上げる作品が多いなか、「うんち」に真っ向から向き合う特徴的な彫刻が人目を引く。それは会場のところどころに佇む真っ黒い動物の模型、井原宏蕗による《cycling》(2015〜)シリーズだ。彫刻に近づいてみると、それぞれはサイズが異なった黒い物体からできていると気づく。それはまさに「うんち」なのだ。
井原が動物の飼育下において捨てられるはずの糞を乾燥させ、漆で固め、普遍的な存在に仕上げる。生きている限り捨てきれないうんちを限りなく美しいものに変身させる技術がかっこいいのだ。
同スペースにはミミズが残す「糞塚」に焦点を当てている、「TOKYO MIDTOWN AWARD 2019」でグランプリを受賞した《made in the ground - MIDTOWN》(2019)も展示されている。
「ゴミうんち展」は世界の循環を「pooploop」ととらえている。ここからは私たちの身近にある「pooploop」を見ていこう。
ギャラリー2で大きな存在感を放つのは吉本天地による《気配 - 覆い》(2024)というインスタレーション作品だ。積み上げられたリースパネルや会場のあらゆるところに生えてる鮮やかな苔は吉本がライフワークとして制作しているニットモジュールである。綿(コットン)から出来ている苔が、植物が持ち込めない21_21 DESIGN SIGHTの館内をじわじわと侵食し、「自然」と「人工」の境界を溶かしていく。
吉本はほかに衣服のアップサイクルに焦点を当てた《気配 - 痕跡》(2024)も発表。グレーのジャケットは科学的な処理を使わない「純天然染色」の手法で時間をかけて染められている。よく見れば、それらにも苔のようなものが生えている。会期中もワークショップなどでジャケットが少しづつ変化していく様子も楽しめる。
STUDIO SWINE(A.A.Murakamiとしても活動)は見過ごされがちな素材に注目しているデザインユニット。今回は人間の髪の毛、古い缶、海洋プラスチックといった廃棄物から作られた3つの作品を展示している。そのうちのひとつ、《Hair Stairway》 (2014)は髪の毛の有効な利用方法を探るプロジェクトである。特徴的なアイテムはかつて東西文化を結んでいたシルクロードから着想を得ているという。
会場に不定期に鳴り響く音は音楽家・蓮沼執太の作品群から発生する。蓮沼は21_21 DESIGN SIGHTの建物、ミッドタウンと「ゴミうんち展」にまつわる4つの作品から成り立つ《pooploop un-compositions》(2024)を制作。それぞれの音は会場のトイレに出入するような行為、つまりその空間で起こる様々な出来事によって変化し、ひとつの音楽のように観客に耳に響く。
「日本文化が『ゴミ』や『うんち』にユニークなアプローチしてきた」と語る竹村。松井利夫による《サイネンショー》(2013-24)は日本文化の伝統を受け継いだような、価値を再発見するプロジェクトである。捨てるに捨てられない陶器を通常よりも高い温度で焼くことで、予想できない変化を楽しむ大切さを見出す。器のかたちが化けても、従来の役割を果たせなくなっても、本プロジェクトはそれはどこまでも価値のあるものとして位置づける。展示されている器は展覧会の企画チームより提供されていることから改めて「ゴミ」を循環させる意図も感じられる。
安藤忠雄が設計した21_21 DESIGN SIGHTの建築の特徴と言えば、一枚の鉄板を折り曲げたような屋根と都会的なコンクリート壁を思い浮かべる人が少なくない。そのため、地下一階に「庭」ができていることにきっと驚く。今回の展覧会のために作られた《漏庭》(2024)は環境を人為的に抑制することで生まれる景観美を究極に追求している。この不思議な空間を手がけたのは造園ユニット「veig」(西尾耀輔、片野晃輔)だ。コンクリートに囲まれた過酷な場所で生き延びる小さなオアシスもまた、自然と人間の共生の可能性を問うように見える。
抜け殻を連想させる衣類の彫刻——落ち綿を使用した吉本天地の《気配 - 存在》(2024)——が密かに隠れる廊下を通り抜けると展覧会が終盤を迎える。ここで清水彩香は「プラスティックは悪で、紙は善」という先入観に異議を申し立てる《グラフィックデザイナーと環境問題》(2024)のリサーチレポートを展示している。リサーチはこれからも続き、会期中に少しずつアップデートされていく。
展覧会を締めくくるのは《未来を覗く窓》(2024)というコーナー。ここでは生まれたばかりだが、いつかは私たちの日常になり得る5つの取り組みが竹村眞一の視点から紹介されている。
「ゴミ」や「うんち」という概念は、なぜ生まれたのか。あるいは、これからどうとらえられるべきなのか。世界の循環に向き合う実験の場として本展がいくつもの新しい視点を提示している。ときには真剣で問いかけ、ときには《うんち句》のような明るいアプローチをとる。「ゴミうんち」の世界に飛び込んで、「pooploop」の未来を考えてみるのはいかがだろうか。